案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2018年12月25日火曜日

京福電鉄三国芦原線。 三国港

三国港ー芦原 1968.1.14
2010年に「東尋坊へ向かう電車」そして2011年に「京福電鉄 永平寺から東尋坊へ」をアップしてから8年が経ちました。
終点三国港の写真を今、改めて眺めてみると、この8年の自分の感覚の変化で北陸の海辺の駅や民家が一段と魅力的に見えてきました。現在では綺麗に整備されて、写真に残る昔のこんな味わいは時代の進化と伴に益々深まっていくのでしょう。


松林の中に点在する建屋。三国芦原線の終着駅 三国港

海辺の駅、三国港駅

駅のすぐ裏に三国港と日本海が迫ってくる。

ひと気のない三国港の駅前。

目前に荒れ狂う日本海が拡がる終着駅の全景。この先に東尋坊がある。

荒れる日本海の潮を浴び全身ベタベタとなる。

10 件のコメント:

Canare さんのコメント...

ロクサンもどきのサハが、荒涼とした風景に似合っています。波打ち際に駅がある感じがいいですね。

イワキ鯨川 さんのコメント...

心の奥底にじわじわと染み込む鉄道風景です。
最後のカットの手前に伸びる側線は、どこへ
通じていたのでしょうか。気になります。

モハメイドペーパー さんのコメント...

 三国港は1990年代に行っていますが、海(河口)には全然気付かず、どこに港があるんだろうと思っていました。

katsu さんのコメント...

Canareさん
電車に牽かれたこのトクサンもどきのホサハ61は三国港の風景によく似合っている、はまさにその通りと思います。こんな簡易トレーラが残っていた時代でした。

katsu さんのコメント...

イワキ鯨川さん
以前は三国芦原線は京福の中でもあまり面白くない路線と思っていましたが、地方私鉄と漁港との組合せがいいものですね。私は作りもしないのにすぐ模型を想像してしまいます。
手前に延びる引き込み線は、昔この先の漁港に延びていた跡かもしれません。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
いまでも駅のすぐ脇が九頭竜川の河口でそこに港があります。
私も訪問した時は電車に夢中で、悪天候の中を周辺まで気が回りませんでした。
数十年経って、写真に写った背後をネットで調べて港の位置関係を初めて知った次第です。

esehoku さんのコメント...

こうして見てみると、三国港の駅の風情は今もそれほど変わっていないように思います(もし、もう少し変化が進んでいたらすみません)。
激変したのは東尋坊ではないでしょうか。
幽玄な風景を想像していたのですが、奇岩のすぐ近くにまで駐車場とタワーが…。
輪島の朝市も、随分と商売慣れした感じで、鄙びた風情を勝手に想像していました…。
だからと言うわけではありませんが、変わらない風景って、やはりホッとします。

katsu さんのコメント...

esehokuさん
確かに東尋坊はその後激変したようですね。
今回の写真の昭和43年はすでに似合わない展望タワーが設置されていました。

日本各地にあったあの時代の風情ある建物(ボロ屋)はたとえ元のカタチを残し改築しても
昔の風情は失われてしまうと思います。
今の日本はどこへいっても同じような作りを感じます。
変らないのはその向こうに見える山並みなどの自然だけということに。

三等急電 さんのコメント...

先日放送されたNHKのブラタモリ「東尋坊・恐竜」の回で、戦前の三国港駅を映した短時間映像がありました。
国鉄時代の駅は非電化でキハ41000形が発着していました。

katsu さんのコメント...

三等急電さん
そうでしたか、戦前の三国港駅の映像とは貴重ですね。
そこに国鉄気動車が発着する風景を見てみたかったものです。
私が訪問した1968年は芦原温泉と金津の間を国鉄三国線が走っていました。

国鉄三国線は芦原温泉から先、三国港まで走っていたのですね。
戦後の復活で京福は三国港よりも東尋坊まで伸びていた元々の自社線路を
復活させればと思いますが、そこには何か事情があったのでしょう。