案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2018年12月18日火曜日

花巻電鉄鉄道線の春と夏

夏と春の花巻電鉄鉄道線で、未掲載の画像を集めてみました。
軌道線とは異なり格式高い?花巻温泉に通う鉄道線は古さを感じさせない立派な路線であった。専用軌道はしっかりしていて電車も近代的で新しい。

春の陽を浴び冬枯れの木立を行く。1966.3.3

夏の日の夕方、満員電車が花巻温泉に向かう。 1964.8.2
夏の温泉行電車。1964.8.3

春の陽を浴びて。 1966.3.3

春 花巻駅を出るとすぐに左にカーブする。1966.3.3

夏 強烈な日差しを浴びた鉄道線花巻駅。 1964.8.3

夏 花巻温泉街の玄関にふさわしい立派な花巻温泉駅があった。(既出)   1964.8.3
昭和39年、温泉通いの電車がまだ賑わっていた華やかな時代。

春  遠くに残雪の山並みを望む。 1966.3.3 撮影:田辺多知夫

そして夏の東北本線花巻駅 1964.8.3

東北本線側から見た花巻温泉郷行電車のりば。1964.8.3

12 件のコメント:

ねこあたま さんのコメント...

まことに模型感というかジオラマ感が満載の麗しい風景ですね

katsu さんのコメント...

ねこあたまさん
そうですね、
畑と木立だけの路線は9mm1/80~87ナローだけでなく、Nゲージ1/150の軌道線としても
温泉通いのよい題材になると思います。

Cedar さんのコメント...

花巻温泉駅の立派な建物は印象に残ってます。
ホームから階段を上る造りは、福島交通(鉄道線)の飯坂温泉駅と似ていましたね。
温泉と電車が共に栄えた時代が懐かしいです。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
写真を入替えてよく見てみると、
なるほどホームから駅舎に向かって階段がありますね。
地方私鉄の終着駅ではこんな階段をけっこう見掛けたような気がします。

モハメイドペーパー さんのコメント...

 花巻は国鉄より1段高い所にホームがありました。花巻温泉まで行き、構内は撮影していますが、駅舎だとか沿線の記憶がありません。居眠りしていたのだろうか。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
鉄道線の沿線は畑と木立だけで何にもありません。
こんな居眠りしてしまいそうな沿線風景で鉄道線はあまり人気なかったようですね。
花巻温泉の立派な駅は、まるで草軽の避暑地のような感じがありこの駅だけは絵になったと思います。

esehoku さんのコメント...

間違っていたらすみませんが、正面2枚窓の電車は中央運転台なんでしたっけ⁈
この時代、田舎は田舎なりにハイカラな雰囲気を出す為に?旧型の物に無理やり新型の物をミックスする、それでも精一杯良い物を作ろうとする頑張りがあったような気がします。
ミスマッチという言葉で片付けるには惜しいです。
それがまた、時を経てみるとちょっと気恥ずかしいものがあったり、「よくもまぁ…」と苦笑してしまう物もあったりするのですが、効率一辺倒になってしまった現代では、殆ど味わえなくなってしまったように思うのです。

katsu さんのコメント...

esehokuさん
正面2枚窓の新車は運転台が中央にあります。
以前、このコメント欄で運転台が話題になったことがありその時のコメントです。

この新型電車はほんとうに変ですね。
量産品と違って一品もので社内評価なんて無かったのでしょう。
ユーザから使い物にならないと返車問題になるような設計ポカミスであったと思われます。
しかし代替え車はなしで我慢して使ってもらうしかなかったのか、
あるいは仕様変更やりとりで何か特殊な事情でもあったのか。
これを運転した運転手はさぞや頭が痛くなったことでしょう。

その次の新車は全面3枚窓になっています。

esehoku さんのコメント...

そうだったんですね。
運転手さんもよく我慢していたと思いますが、それでも大切に(?)使っていたのが、色々な意味で時代を感じさせます。
今なら安全基準云々で即アウトのような気もしますし、とにかく大らかな時代だったから許されたのだと思います。
例えが少しズレますが、碓氷峠のアプト式機関車も片運転台で、下り列車の場合はバック運転だったわけですし、草軽のデキも横向き運転で…書いていて、今更ながら「よく許されていたものだなぁ」としみじみ思いました。

伊豆之国 さんのコメント...

「馬面電車」など、花巻電鉄の写真は少年時代に鉄道雑誌で見たことはありますが、実際に花巻を訪れたのは電鉄がなくなってから後のことでした。それでも30年余り昔に軌道線沿線の「志戸平温泉」に泊まったことがあり、その頃はまだ軌道線があった頃の面影は少しは残っていたように見えました。
一方、鉄道線の終点があった花巻温泉に2年前に泊まったことは、以前にも書き込んだことがありましたが、ホテルのロビーに戦前の駅と電車の写真があったくらいで、駅があったような感じは見えず、花巻駅も新幹線から外れたこともあって、駅前も寂れて活気がないように思えました。
昔の写真と今の風景とを見比べていると、、今でも湯治場の雰囲気を残す旅館が点在している軌道線沿線と、今は同じグループの経営になっている豪華ホテルが3軒並んでいる花巻温泉とでは、やはり元々路線の雰囲気もだいぶ違っていたのではないか、と思えました。
花巻と言うと、どうしても花巻東高校OBの2人の野球選手の顔を思い浮かべてしまうようになってきます。大リーグで華々しいデビューを飾った大谷選手に続いて、その先輩である西武・菊池雄星投手も、その後を追ってどうやら来シーズンから大リーグ入り、と言うことに…。その花巻東高校、今の地図と見比べてみると、どうやら鉄道線の「花巻グランド」駅があった近所にあるようでした。

katsu さんのコメント...

伊豆之国さん
軌道線沿いの温泉郷と、鉄道線終点の花巻温泉では、鉄道だけではなく温泉の雰囲気も昔から違っていたようです。
鉄道線が通っていた花巻温泉の今は豪華ホテルが3軒ならんでいるとは、昔より衰退したのでしょうか。
パンフレットを見た限りでは元軌道線沿いの温泉郷の方が今は繁栄しているような気がします。
花巻グランド駅を思い出しました。あの近くが花巻東高校でしたか。

katsu さんのコメント...

esehokuさん
碓井峠のアプト式機関車、あれも凄いですね。
この目でED42の活躍を見れたのが幸せでした。
横川側だけに運転台があるので、坂を上るのが大変で
先頭の機関車は身を乗り出して運転したようです。
軽井沢から坂を下る時はしっかりと前方確認できますね。