案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年3月28日月曜日

2010年 多摩湖線の春

多摩湖線の春を撮りに行ったのは2010年であった。一橋学園~国分寺間にある本町信号所(交換所)の脇にある大きな木立の周辺を様々な角度から狙ってみると、武蔵野の木立が桜と組み合わさると一層引立つ感じで、桜が終わると木立が芽をふきて色合いが刻々と変化していくのが楽しみだ。

竹藪の緑、素晴らしい木立、そして桜の組合せ.本町信号所 2010.04.04 


2 件のコメント:

野村 さんのコメント...

信号所無くなってしまいました。多摩湖線も少しづつ変化しています。

katsu さんのコメント...

野村さん
情報ありがとうございました。
すっかりご無沙汰の多摩湖線で私の記事は古新聞で失礼しました。
朝の国分寺-一橋学園の区間運転が無くなってしまったのですね。
信号所の線路もなくなったようで数年で随分変わったものです。
いかにあそこへ行っていないかの私です。
今は電車が真っ白でどうしても足が向きません。