案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年3月4日金曜日

仙北鉄道 登米(とよま)

仙北鉄道の終着駅登米(とよま)はブログ開始の頃2010年8月9日にアップしましたが、画像を追加して再度アップしてみます。今ではかっての登米駅前風景も大きく変わったことでしょう。

平成7年の大合併で登米市(とめし)と読むが登米町は昔の「とよま」と読む。米谷から北上川を下ったところあった登米駅の位置を今の地図上で探るのは困難と思ったが、意外に道路に軌道のカーブの形跡が残っていてカーブの先に歓迎アーチ「みやぎの明治村」脇に駅跡を示す信号機が残されていた。

静まり返った登米駅  1964.08.04

登米行きの列車に乗り、スイッチバックのある米谷を過ぎ、終点登米まで乗車したが、穀倉地帯の沿線風景は余りに単調で期待外れであった。終点登米の駅前は街らしい様子はなく静まり返っていた。米谷~登米間もあまりにも単調で撮影もすぐに引きあげてしまった。スイッチバック米谷では各方面にバスが出たり列車交換などで賑わいがあったが、終点登米は閑散としていた。やはり米谷~登米間は貨物を除けば寂れた支線の感じであった。

登米の駅前.廃線後バス待合所に使われた. 

 大陸的な悠々としたスペースに線路が配置された登米駅

登米駅があったところの今をストリートビューで見てみると.

小さなターテーブルがある駐泊所

登米駅を発車するとすぐに左へカーブして直線区間が続く.

発車まで静まり返ったひと時.

とよま駅の改札口

4 件のコメント:

なんかるの片岡 さんのコメント...

仙北は車輌写真がそれなりに公表されているの、駅の情景などは資料が非常に少なかったので、子どもの頃(40数年前)から「沼尻や頸城に比べて風景が単調でつまらない」と思い込んでいました。最近になって、このブログで公開されている風景や、竹中泰彦さんの動画を見て、「いろいろ魅力的な場所があるなあ」と気づいた次第。

特に、この大きな木のある登米の駅は魅力的です。私は間に合わなかった世代ですが、タイムマシンがあるなら、この駅で大木をモチーフにしてまる一日、撮影してみたいなあと思います。

katsu さんのコメント...

なんかるの片岡さん
当時は沿線で撮影となるとまず高い場所を見つけ、そこに登って俯瞰写真を撮るのが定石でした。
そんなわけで仙北は沿線が田ばかりでのつまらぬ風景と私も思っていました。
ところが、今になってみれば駅には撮影する題材が無限にあるのですね。
何故それに気づかなかったのか、その頃は今と違って鉄道写真は車両や俯瞰が主であったと思います。
俯瞰写真とは違った鉄道の日常風景などには誰も目が向かなかったでしょう。
登米の駅も観点を変えて見れば魅力あふれる光景がふんだんに撮れたことでしょう。
今や登米の駅の何もかもが消滅してしまいました。
車両や施設と違い日常風景だけは復元も保存もできない永遠に失われた世界ですね。

京葉帝都 さんのコメント...

登米の駅舎は2000年頃に瀬峰~佐沼経由でバスで入った時に利用しました。レールはなくてもまだ駅の雰囲気は残していたのですが、撤去されたのをこのページで知って驚きました。かつてはまさに「大陸的」な光景だったのですね。北上川の風景も豊かな水量とゆったりした流れで日本離れしていました。

katsu さんのコメント...

京王帝都さん
2000年に登米へ行かれましたか。
それから16年後の今、モニュメントの信号機があるところが駅跡のようで何もありません。
駅跡の土地は立派な道路に変わってしまったようです。
たった16年間の変貌も激しかったようですね。
変わらないのは北上川の流れでしょう。
仙北鉄道が北上川に最も接近するところが米谷を出たところにありました。