案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年9月22日日曜日

八高線 金子坂

前回は八高線の金子坂を下ったところでしたが、今回は金子坂です。撮影 全て1967.02.03


金子坂を上るD51牽引の貨物列車    金子-東飯能

毎年2月3日は八高線に高尾臨(節分列車)の旅客列車が上下各2本が走っていたので、この年は朝から八高線沿線を歩いた。まずは高麗川へ行き朝8時20分着の上り列車(高麗川駅)を撮り、高麗川~東飯能間の山越えを貨物列車を撮りながら東飯能へと歩き、更に金子方面に歩いて金子坂で下り旅客列車を狙った。この頃の八高線はSL撮影本格派ファンにとっては人気がなかったようで、高尾臨が走る日でさえ金子坂で出会った同好者は確か数人くらいであった。

午後の下りで高尾臨が引き返して来るまで、D51の貨物を寂しい金子坂の自然のなかで楽しんだ。金子坂の今は木立ちが成長しうっそうとした森の中を走る感じで、昔の俯瞰風景は一変してしまったようだ。

終日よく晴れ渡った天気で飯能方面をきれいに見ることができた.

D51重連の貨物列車

金子坂を下ってきたD51が牽く下り高尾臨 節分列車

のんびりと金子坂を行くキハ17形

C58の貨物列車と金子坂の未舗装道路.   金子-東飯能

金子駅を発車したD51重連

金子駅を発車したD51重連

下り高尾臨D51 が金子に到着

高尾臨が夕闇せまる金子駅に到着する頃、客車のテールランプの光りが印象的であった.

4 件のコメント:

H.Kuma さんのコメント...

こう見ると金子坂の山越え区間はとても良い雰囲気ですねぇ。
このあたり、今はメモリアルパークやらゴルフセンターやらが線路際に出来て少し俗っぽくなりました。
スバル360とC58が競争している未舗装道路も、青梅から自転車で飯能へ抜ける際に時々通ります。
路肩が狭いうえに今は車の通りも多く、のんびり走ってるとひかれそうになります。

katsu さんのコメント...

H.Kumaさん、こんにちは。
金子坂のこの区間、昔は木々の緑が道路の埃を被っていましたがこの写真の日は何故か木立ちがとても奇麗に写っていました。
昨年、八高線に乗って金子坂を下りましたが、車窓から見えた金子坂はうっそうとしていて今でも地味な場所ですね。八高線と並走する道路はすっかり綺麗になって青梅→金子→飯能へ走るkumaさんのRail & Bikesの姿が目に浮かびます。

H.Kuma さんのコメント...

>katsu さん

金子駅がらみの記事を書きましたが、文中よりリンクさせて頂きました。よろしくお願いします。

katsu さんのコメント...

H.Kumaさん
金子駅の周辺の今昔風景拝見しました、懐かしいですね。
写真の左手少し先にある八高線ガード下をくぐる道路を何百回?か走りました。
16号から霞川沿いに青梅に向かって走る時はまもなく青梅到着でほっとしたものです。