案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年8月26日日曜日

別府鉄道の旅客車両

別府港と国鉄高砂線野口を結ぶ野口線は土山線と違って旅客が主体であった。
1932(昭7)年に新製された小さな元ガソの単車キハ1とその後増備された同型キハ2が野口線を走っていたが、昭和34年に三岐鉄道からボギー車キハ3入線によりその活躍の場を失ってしまったようだ。
訪問した昭和37年夏は2両の元ガソ単車は機関区の庫内奥にひっそり休んでいた。

別府港駅を発車し機関庫脇を野口へ向かうボギー車キハ3  1962.07.28
この2年後1964年にもう一台キハ2(二代目)が三岐鉄道から入線している.

別府機関区の庫内に休む2両の単車.
昭和7年日車製キハ1と昭和9年加藤車両製キハ2

フォードA形エンジン1基を搭載したキハ2の床下.

ハフ5、6 (元神中鉄道ガソリンカーの客車化)  この日ハフ6は土山線に出動中.
大正14年汽車会社製ハフ7 (元神中鉄道)
大正10年に国鉄から払い下げを受けたマッチ箱古典客車 ハフ1、2 
無番車

客輸送は野口線にボギー気動車、土山線は2軸客車1両あれば十分のようで
機関庫の裏手に留置されていた沢山の2軸客車は一体何に使われるのか?
別府海岸が埋め立てられる前の昭和39年頃までは海水浴・潮干狩りでシーズン客があり
小中学生の団体輸送では全客車総動員したこともあったそうである。
昭和40年以降これら2軸客車はハフ5、7を除きその全てが消えた。

参考:鉄道ピクトリアル アーカイブコレクション19私鉄車両めぐり(関西)

4 件のコメント:

lodgershinmeishrine さんのコメント...

私が土山線で乗ったのは5号機関車の牽引する「ハフ7」でした。

katsu さんのコメント...

lodgershinemeishrineさん、
ハフ7とハフ5は最後まで生き残り、その後保存されているそうですね。
ハフ7はダブルルーフ、オープンデッキの木造車で
5号機に牽かれて走る姿が堪りませんね。

加連之智 さんのコメント...

別府鉄道も訪れました。型式は記憶してませんが、客車を1両だけ連結した列車に乗り、シートが埃だらけでとても座れたものじゃなっかたことだけを鮮明に覚えております。
兵庫県伊丹市に生まれ育ち、自転車に乗り中山寺駅近くの踏み切りで、D51が貨物を牽引してくるのをよく待って見たものです。
今は仕事の関係で関西を離れ広島に住んでおりますが、毎日広島電鉄の旧大阪・京都・神戸などの市電に乗って通勤しております。
懐かしい写真を見させていただいてありがとうございます。

katsu さんのコメント...

加連之智さん
別府鉄道の思い出をありがとうございました。
1970年代の訪問だったとすれば既に蒸機は引退していましたね。
きっとディーゼル機関車が相変わらず客車1両を牽いていたのでしょう。2両あったあの客車は大変印象に残ります。
広島電鉄の市内線を毎日使われているとは羨ましい限りです。広電の今を見てみたいと以前から思い続けています。