案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年9月14日火曜日

夏の瀬戸内海を行く2

開けっ放しのドアから心地よい潮風が吹きこむ。
瀬戸内海を行く下津井電鉄と言えば、元ガソリンカーのデッキ付電車が最も下津井電鉄らしい。デッキ付電車に夢中になり1961年製の新造モハ103などは目に入らなかった。
国鉄宇野線の茶屋町を出発し、児島を過ぎ琴海あたりの瀬戸内海沿いを走るところが名撮影ポイントであった。その後、デッキ付電車は他に置き換えられ下津井電鉄の魅力は薄れてしまった感があるが、瀬戸大橋開通後の1990年まで軽便が28年間も持ちこたえたのは驚きであった。

下津井駅に臨時列車が停まっていて、この日は海水浴客が多かったため臨時が運転されていた。元ガソリンカーのデッキ付電車の3連は下津井電鉄の代表的な編成であった。 

茶屋町行きモハ102    琴海
琴海
モハ102 + サハ2 + クハ23 琴海
海が目の前に拡がる琴海の駅。夏の日の夕方、競艇帰りなのか?沢山の客が小さな軽便電車に乗り込んだ。


2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

いい写真がありましたね。小生のはオリンパスペンで下から画像が悪くて、もっともカラーでしたからなおさらです。鮮明な映像に見入ってしまう軽便風景ですね、青蛙

katsu さんのコメント...

青蛙さん
昭和37年夏の最古参ネガは損傷も少なく意外に鮮明でした。天気が良かったせいでしょうか。