案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年9月21日火曜日

倉敷市交通局

1970年に設立された水島臨海鉄道の前身は、この倉敷市交通局であった。
当時、旅客は元国鉄のキハ305が水島~倉敷市間を往復していて、地味で話題もない鉄道であった。交通公社の時刻表に出ていたのを頼りに訪ね、水島駅から倉敷市まで乗ってみた。

午前11時 ひと気のない水島駅。 表示板を見ると次の列車は11時50分までない。   1962.7.30

水島駅で発車を待つ倉敷市行のキハ305


キハ305 地方私鉄でよく見られた荷台付気動車

キハ305の運転室

水島駅の側線にはオハ31系が4両もいた

ホフ301    サボは水島⇔倉敷と表示

倉敷市駅

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