案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2025年3月24日月曜日

成田 裏の路。

昨日の鉄道探索は成田裏の路だった。

京成ライナーを空港第2ビルで下車し、延々地下通路を歩いて東成田駅から芝山鉄道体験で京成成田に戻り、かつて成田山門前~宗吾間を走っていた成宗電車の第1と第2トンネルの遺構を見学した。
成田フライト客とは無縁の東成田駅までの地下通路体験。そして成田山参道の観光客とはおよそ無縁の京成成田から成田山門前までの電車道(廃線跡)散策。どちらもほとんど歩いている人を見掛けない路であった。

フライト客で賑わう空港第二ビル駅を後に延々500mの地下通路を歩くと芝山鉄道の東成田駅に到着する。芝山鉄道の東成田はフライト客とは無縁の駅で人が居なかった。

成宗鉄道の遺構第2トンネル。
京成成田から成田山門前へ向かう道路(軌道跡)は並走している超賑わいの参道とは正反対の静けさで、第1トンネルを抜けると間もなく成田山門前に到着する。そこには参道から観光客がどっと押し寄せていた。



京成ライナーで京成上野駅を出発


ひと気のない東成田駅


参道の賑わい


昼食は菊屋の鰻重

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

成田の鉄道散策、お疲れ様でした。Cedarは正月に京成本線経由のスカイライナーで成田、成宗の遺構トンネルを見てきたことがあります。あのトンネルには結構遅くまで架線金具の痕跡が残っていたとか・・

katsu さんのコメント...

Cedarさん
私は成宗鉄道の遺構は全く知りませんでした。鉄友が作ったプランを私は事前知識なく道路を歩いていたら、如何にも鉄道らしいトンネルポータルが表れ、それが成宗鉄道の遺構でした。歩いた道路が電車道だったんですね。参道とは全く対照的な寂しい道路が愉快でした。成田と言えばナローの成田鉄道ですが、こんな参拝客のための軌道線は他にもよくある事例だと思います。