いよいよ11月2日から7日まで 池袋のギャラリー路草で写真展が開催されます。
案内文章
高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった。
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
を回想してみました。
2023年10月31日火曜日
2023年10月8日日曜日
海辺の小私鉄 銚子電鉄
君ヶ浜駅
君ヶ浜駅の原形はこんな風情ある駅だった。今のアーチだけが残る君ヶ浜駅とは全く異っていた。1990年に駅改築でアーチ設置とあるので、今の異様な風景は改築した駅の残骸なのであろう。それにしても白亜のアーチが並ぶイタリア風のゲートとは、余りにも海辺の小私鉄に似合わない。そんな改築があったのを私は初めて知った。
2023年10月7日土曜日
古典蒸機の模型展
明後日10月9日(月)まで開催中の古典蒸機模型展。池袋ギャラリー道草 草
NゲージからNナローまで美しい古典蒸機ばかり、全自作でよくぞこれだけの台数を製作したものです。
1/150 Nナロー
2023年10月1日日曜日
第19回 軽便鉄道模型祭
2023年9月27日水曜日
2023年9月7日木曜日
三山線 リニューアル(Usuiさんの写真追加)
三山線を初めて訪問したのは1966年の残雪がある3月初めだった。
東北私鉄めぐりの全てを終え、秋田で奥羽本線の夜行列車 急行「第2津軽」で上野に向かったものの、郡山で朝を迎えるとまた欲が出てきた。奥羽本線を北へ引き返し高畠線が出ている糠ノ目で下車した。郡山からBOX席で一緒だった若い乗客と糠ノ目までどんな会話だったかが思い出せない。
東北私鉄めぐりの全てを終え、秋田で奥羽本線の夜行列車 急行「第2津軽」で上野に向かったものの、郡山で朝を迎えるとまた欲が出てきた。奥羽本線を北へ引き返し高畠線が出ている糠ノ目で下車した。郡山からBOX席で一緒だった若い乗客と糠ノ目までどんな会話だったかが思い出せない。
高畠線を撮り終えるとC57の列車に乗って冬景色の中を更に北上、山形で国鉄左沢線に乗換え羽前高松に到着した頃は心細い夕刻であった。国鉄ローカル線から更に奥へ入る三山線は一体どんな路線なのか、しかしこの時は羽前高松近辺の撮影で体力の限界、この先にどんな沿線があるのかは次回の訪問とした。山形駅に引き返しまた夜行列車の急行「出羽」に乗って上野まで爆睡、東北の旅は終わりとなった。帰還して数日が過ぎると東京では地下鉄東西線が中野まで開通したそんな時代であった。
では、その感動的な駅舎を撮影したUsuiさんに写真使用許可を戴きましたので、素晴らしい情景写真2点を紹介します。 写真2点の撮影:Usuiさん 1974年7月
果樹園を見て左にカーブすると羽前高松←に到着する。そこへやって来たモハ106。
2023年8月18日金曜日
とさでん 明見橋あたり
後免町行き電車が高知市の郊外に入ると一変し、川や小高い丘や田畑に沿って曲がりくねった道路の路側軌道がしばらく続く。特に明見橋あたりは花巻電鉄のような軒下かすめる軌道線ムードがあり、砂利に埋もれた軌道がローカルカラー満点であった。このあたりの路側軌道は現在も健在だが、沿線にあった味わい深い建物が消え今はスッキリした風景になっている。
2023年8月15日火曜日
湯野町行の電車
2023年8月10日木曜日
那須おろしの冷たい風 東野鉄道
黒羽から代行バスで大田原へ戻る途中、車窓に見えた那須連山を望む運休区間が素晴らしい風景であった。この日検査を終えた元津軽鉄道のDC機関車が試運転でここを走ると聞き暫く待機していたがDC機関車はやって来なかった。
台風で破壊された蛇尾川の橋梁は大田原駅のすぐ近くにあり懸命な復旧工事が真っ盛り。大田原で客数人を乗せた区間運転のキハ501を撮りながら西那須野に戻ると日がすっかり落ちていた。44年後の2010年12月に黒羽近くの廃線跡を訪ねると、那須連山から吹く冷たい風と風景はあの時のままであった。
茶臼岳から連なる那須の山並みを背景に大田原へ向かう廃線跡。白旗城址前停留場はこの辺り。2010.12.8
以上はTMS933号に掲載した「地方私鉄 失われた情景」第4回の後編で現在発刊の準備中です。前編はこんな↓でした。
2023年8月5日土曜日
地を這うような客車ハボ
私の車両写真の目的は模型資料で、西大寺鉄道の車庫を訪問した時に真っ先に車両写真を撮ったのは地を這うような客車ハボであった。一体どんな小さな台車を履いているのか?
軽便の魅力の一つは地を這うような客車で、これを如何に模型に再現するかだけど未だに私の模型は出来ていない。
軽便の魅力の一つは地を這うような客車で、これを如何に模型に再現するかだけど未だに私の模型は出来ていない。
ハボ3
2023年7月29日土曜日
最近の再スキャンより 法勝寺電鉄
米子の日ノ丸自動車法勝寺電鉄。1962年の夏
一時期だけ facebookに投稿したものです。
片上鉄道の後は岡山周辺の小私鉄を訪問し翌々日の夜に広島に到着。広島23:55発の米子行夜行準急「ちどり2号」に乗って米子へ向かった。当時は「ちどり2号」があの木次線出雲坂根のスイッチバックを通過するなど知る由もなく、車中で熟睡し早朝6:12に米子到着した。米子駅の外れで爽やかな朝日を浴びて美しい電車が発車を待っていた。
今開催中の江上英樹さんの「木次線・出雲坂根を盛り上げるスイッチバック展」東京版を見てきました。
一時期だけ facebookに投稿したものです。
片上鉄道の後は岡山周辺の小私鉄を訪問し翌々日の夜に広島に到着。広島23:55発の米子行夜行準急「ちどり2号」に乗って米子へ向かった。当時は「ちどり2号」があの木次線出雲坂根のスイッチバックを通過するなど知る由もなく、車中で熟睡し早朝6:12に米子到着した。米子駅の外れで爽やかな朝日を浴びて美しい電車が発車を待っていた。
今開催中の江上英樹さんの「木次線・出雲坂根を盛り上げるスイッチバック展」東京版を見てきました。
撮影:1962.7.31
江上さんの解説とレイアウトの運転で、木次線出雲坂根のスイッチバックの紹介が40分ほど。日本一スイッチバックを愛する男の木次線を何とか存続させたい想いの活動スイッチバック展(東京版)。8月13日まで開催中。
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