案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2020年6月12日金曜日

福島交通軌道線 湯野町 リニューアル

2020.6.12の記事
福島交通の湯野町を取り上げたのは2011年11月29日。何点か画像を追加してリニューアルしました。

先日アップしたデルタ線の聖光学院前から湯野町までは飯坂東線(福島駅前~長岡分岐点~湯野町13.2km)の一部であり、私が勝手に呼んだ湯野町線という呼び方ではなかった。

福島から一直線の延びる飯坂温泉行きの立派な鉄道線と違って、湯野町行きの路面電車はその駅名からしてひなびたムードがあった。長岡分岐点からやって来る電車は伊達駅前行で、湯野町へ向かう客は聖光学院前で湯野町行に乗り継いでいた。

聖光学院前を出た電車は東北本線をオーバークロスすると畑の中を湯野町へ向かった。
終点湯野町の川向うには鉄道線「飯坂温泉」駅があり、摺上川の手前は元湯野町の地名で軌道線は「湯野町」駅であった。川をはさんで「飯坂温泉」と「湯野町」と二つの駅が存在していた。



撮影:1966.12.31

専用軌道を行く

 湯野町-明神町 
畑の中を一直線に進み湯野町に到着する。


 福島交通軌道線の終着駅湯野町

 湯野町の駅前
「湯野町」と「飯坂温泉」の駅は離れていて、温泉街を流れる摺上川の橋を渡ると
直ぐに福島交通鉄道線の「飯坂温泉」駅があった。
福島交通鉄道線の飯坂温泉駅


摺上川沿いの飯坂温泉 1968年12月

6 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

国鉄の駅から、小さな電車に乗り換えて山懐の温泉地へ、かっては各地に見られたものです。
電車が2本来ていた飯坂温泉。今はどんな雰囲気なんでしょう。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
地方のひなびた温泉通いでは温泉軌道がよく似合いましたね。
私は湯野温泉行きと書いてしまったけどそんな温泉は存在してなかった?ようです。
湯野町行きと訂正いたしました。

調べてみると
飯坂町湯野(旧湯野町)は飯坂温泉駅辺りから摺上川上流の穴原温泉まで川の東側一帯で、
川の西側 飯坂町湯沢が飯坂温泉のメインのようです。
この川沿い一帯の温泉をすべて飯坂温泉と言うでしょう。
しかし、湯野町行の軌道線は飯坂温泉ではなく存在しない湯野温泉をイメージしたくなります。

haruwata さんのコメント...

旧伊達町は養蚕が盛んで、養蚕で得たお金で飯坂温泉に繰り出した聞いています。
それが元でこの湯野町と伊達町にkatsu さんが撮影された電車が通ってるいたと聞き及びました。
私が小学生の頃頃はこの電車は廃線となっていましたが、
電車が通っていたところは残っており、
そこを自転車で走りましが、当時ここを走っていた電車に乗りたかった・・・。そんな記憶があります。
katsu さん、本当に良く撮影されましたね。感服致します。
先週も書かせてもらいましたが、
今のようにスマートフォン等でのやり取りもなく、
全てがアナログな時代、そんな時代をしっかりと写し撮ったkatsu さんの作品から当時の息遣いを感じます。
また、この飯坂線以外も投稿宜しく御願い致します。

katsu さんのコメント...

haruwataさん
そうでしたか伊達町は養蚕が盛んでそれで得たお金で飯坂温泉へ繰り出した。
昔の面白いお話ありがとうございます。

福島交通軌道線が走っていた伊達、保原、梁川など含む現在の伊達市一帯は、
戦後になって養蚕から果樹栽培に切り替えたようですね。
道理で沿線に写る畑はいつも果樹園ばかり、そこの元は桑畑だったのですね。
伊達方面から温泉通いの電車で飯坂温泉へ繰りだしていた、養蚕盛んな時代が戦前まで続いたのでしょう。

伊達の三角地帯からJRをオーバクロスして畑の中を一直線に進む現在の399号線は、
軌道線の軌跡と一致しますね。現在の一面果樹園が続く風景は54年前と変わらないようです。
湯野町の手前の畑のところは、どこをどう歩いたのか全く記憶がありません。

東葛6TWC11 さんのコメント...

温泉駅に佇む弾丸型のバス窓豆ウインカーのバスと自動車達が正に味と趣が濃厚で正に絵になります

katsu さんのコメント...

東葛6TWC11さん
ありがとうございます。
温泉駅の風景を楽しんでもらえれば嬉しいです。