案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2019年8月7日水曜日

下北沢駅の今

久しぶりに下北沢駅に寄ってみました。
こんな小田急専用東口ができたのですね。
中学時代の思い出多い下北沢駅もついにすべてが消え去った感がある。
北口があったところに今も残る遠い60年前の面影は銀行の建物くらいか。

撮影:2019.8.7
北口が消えて小田急東口になった。ここは小田急専用の改札口であり、以前と違って井の頭線と小田急線を乗り換える場合は中央改札口を一度出る必要がある。 

ここにあった下北沢駅北口は消滅した。
2004年の地下化工事着手から3年後の下北沢駅北口(2007年11月)。あれから12年が経ち今も駅前整備の工事は続く。小田急の工事は今年3月に完了していました。

 北口の象徴であった「下北沢駅前食品市場」は跡形もなく消滅した。

8 件のコメント:

Yuutarounakao さんのコメント...

私も長年利用していましたが変貌にびっくり。井の頭線から小田急線の乗り換え、以前は到着アナウンス聞こえて走れば間に合ったのですが・・・・そして南口もすっかり変貌。ぐるっと回らないと井の頭線ガード下あたりでられませんね。今のところ変わらないのは井の頭線西口でしょうか。

katsu さんのコメント...

Yuutarounakaoさん
私は元北口があったとろを見ただけでまだ駅の全貌はよく知りません。
昔の下北沢駅は継ぎ接ぎながら両線の乗換えは大変に便利でしたね。

何でこんな乗換えしにくい複雑な駅にしてしまったのか、なんて言いたいところですが
私のような昔の者がそんなことは言えません。
昔の下北沢駅は完全に消え、今の時代の新下北沢駅に生まれ変わった訳ですね。
下北沢の商店街も随分前から雰囲気がすっかり変わりました。
駅も利用者も街も時代ともに消えては生まれかわるを繰り返して行くのですね。
下北沢はそのシンボル的な駅であると思います。

モハメイドペーパー さんのコメント...

 昭和40年頃、下りホームの有効長は6連ギリギリで、用心深い運転士が少し手前に止めると最後部がはみ出し、車掌はホームに降りられなくなりました。海水浴シーズンの休日は、井の頭線との乗り換え通路に臨時の改札口を作り、キセルのチェックをしていました。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
昭和40年頃、海水浴シーズンの休日に乗り換え通路に臨時改札口があったとは知りませんでした。
キセルなんて遠い昔の用語になりましたね。
私は高校から大学まで長い間この乗り換え通路を利用していたので大変に懐かしいです。
この入りくんだ通路を壊す前に随分写真を撮ったものです。

Cedar さんのコメント...

先日井の頭線車内からチラ見したのですが、もう私の知らない街になった感じですね。駅はともかく〜なんかそのへんはもう諦めてしまいましたね。〜馴染みの店が消えてないか、心配になったりします。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
先日は灼熱の太陽で駅周辺の街並みは東南アジア風の雰囲気を感じたものです。
私は馴染みの店と言うよりお世話になったのが「下北沢駅前食品市場」の1軒でした。
中学2~3年頃の下北沢でした。
こんな下北沢の思い出を今度ブログに纏めてみようと思っています。

chitetsu さんのコメント...

私もこの間久しぶりに降りて、変貌ぶりにビックリしました。
新しくなって、以前より不便になっていくという改良工事が最近多い気がしますね。

katsu さんのコメント...

chitetsuさん
ここの改良工事もネット調べれば現状から今後まで全てが分かるのに何も知りませんでした。
故に先日のchitetsuさんの1枚の写真には驚きました。そして現状の一部だけ初めて知りました。
これまでの暫定通路も最終になってきたことでしょう。
改良工事の犠牲で以前より不便になっていくのはどこも同じようですね。