案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2019年1月15日火曜日

大分交通耶馬渓線 車両の坩堝1

大分交通の非電化路線は昭和40年8月に宇佐参宮線、昭和41年4月に国東線が廃線となり、昭和42年の耶馬渓線 中津車庫には各線の残党が集まり奇怪な車両の坩堝(るつぼ)であった。多くのファンが日豊本線中津駅から耶馬渓線の車両を撮ったことでしょう。

撮影:1967.3.5
日豊本線 中津

中津の3番線が耶馬渓線のりば

昭和42年の中津の車庫には、蒸機2両、DL3両、気動車13両、客車19両、貨車16両の計53両が在籍しまさに古典車両博物館であった。
余りに奇怪な車両が多く、夢中で撮りまくって疲れ果てたことが鮮明に記憶に残る。そして、こんな現場に好き勝手に入って撮影するのを許可してくれた良き時代が今では考えられない。


  参考:「消えた轍」ローカル私鉄廃線跡探訪 寺田裕一著 ネコ・パブリッシング

4 件のコメント:

河童アヒル さんのコメント...

凄い迫力!
私もこの場にいたかったです。

katsu さんのコメント...

河童アヒルさん
この頃の九州はまだまだ蒸機が大活躍の時代で、美しい蒸機ばかりでした。
大分交通非電化線は終焉を迎えなんとか1路線だけ間に合いました。
欧州ならこの貴重な車両はまるこど鉄道博物館ですね。

Cedar さんのコメント...

Cedarも中津駅で撮ったくちです。私が行った頃は部分廃止後でしたが、車庫にはやたら車両がいましたね。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
非電化の車両でも撮りましたか。
以前本ブログで、そのやたらいた車両の一部をアップしたことがあります。

あれから8年が経ってネット環境が格段に進化したものです。
昔、ブログにアップした写真が貧弱で困ったものです。