案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2017年1月30日月曜日

ある日の水浜電車 昭和41年(2)大洗海岸

水浜電車が最も大洗海岸に接近する魅力溢れる区間を、これまでアップしてきた田辺さんと青蛙さんの写真を繋げて推定してみました。昭和41年、大貫から曲松まで海辺の電車の風景はこんなだったのでしょう。

昭和初期の大洗 国土地理院

昭和15年の大洗海岸 大貫を出て海に向かって左にカーブするところ.
鉄道ピクトリアル私鉄車両めぐり第5分冊より

 大貫停留場(再掲) 1966(昭和41)年5月
 
大貫停留場から海に向って直進し、ここで左にカーブする.1966(昭和41)年2月

左にカーブした先を直進し、その先で緩やかに右へカーブすると曲松駅がある.1966(昭和41)年2月 この頃、軌道から海岸までは昔の写真と違ってずっと遠のいているのでしょう.

大洗の海岸 (再掲) 1966(昭和41)年5月

磯浜海水浴場に隣接していた曲松駅(再掲) 1966(昭和41)年5月30日

4 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

素晴らしい風景の連続ですね!
鄙びたというには明るい雰囲気が魅力的です。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
まだ鉄道誌が少なかった時代に鉄道模型趣味に「海辺の小鉄道」のような連載記事があった気がします。
もし水浜電車を取り上げていたら飛びついたでしょうね。
その後の鉄道誌でもこんな素晴らしい風景を何故取り上げてこなかったのか、
きっと認知度の低い路線だったのでしょう。
海水浴場のある明るい海辺の町とトロリーラインの組合わせは江ノ電の魅力と似ていますね。

吉野直也 さんのコメント...

田辺さんと、以前掲載された青蛙さんの写真を見ていると
潮の香りと波の音と一緒に、モーターとジョイントを叩く音が聞こえて来そうな気がしました。

昨日お二人の撮影された写真に触発されて
大洗を訪問して(4年前からちょくちょく訪れていますが)定点観測みたいな事をしてみたのですが
(1)の後半で掲載されている大貫付近の写真に写っている地点ですけども
旧大貫停留所跡は十数年ぐらい前まで駅舎とホームが残っていたそうですが
その後商工会駐車場になった後、去年11月に大洗鹿島線大洗駅から
海岸部にあるアウトレット方向へ伸びる高規格道路に飲み込まれてしまいましたが
写真に写っている「なめや旅館」さんは今も現存しており
去年3月に訪れた時は外壁と木の塀を修繕して綺麗になっていました。
海岸線の方は80年代前半からの埋め立てによるフェリー埠頭等の建設で
大きく変貌してしまいまして「こんなに変わるものなのか」と時の流れを感じました。

あの当時の大洗もですが、同じく廃止になった
鉄道線の茨城線もこの眼で見てみたかったですね
自分が生まれる前にどちらも無くなってしまったので・・・。

katsu さんのコメント...

吉野直也さん
コメントありがとうございます。
やっと「最近のコメント」欄を以前のようにサイドバーに表示させることが出来ました。

コメントの「潮の香りと波の音と一緒に、モーターとジョイントを叩く音が聞こえて来そうな気がしました」
とは素晴らしい名文で、写真を引き立て風情が湧いてきます。
昔の鉄道模型趣味誌にはよくこういう文章ががありました。

この大貫から曲松にかけて海岸に接近するところが水浜線で最も五感が刺激される区間であったと思います。
海岸線は大きく変貌したようですが潮騒、匂い、山並みなどの空気感で当時を偲ぶことができるのではないでしょうか。益々、地図と写真を持って現地に行ってみたくなりました。