案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年12月13日火曜日

目黒駅前再開発

この日、白金から目黒通りを歩いて目黒駅前に到着するとこんな見覚えのある駅前風景があった。今、駅東側で盛んに駅前再開発中の場所は確か都電の目黒車庫があったところだ。都電が走っていた頃、目黒車庫には5系統4系統の小型車1000、1100形などが配置されていた。再開発で車庫の跡地は大きく変貌を遂げているが、駅ビルには50年前の目黒駅の面影が残されていた。今や時代遅れとなってしまった駅ビルもいずれ建替えられるのだろう。

現在の目黒駅前で左手が工事中の駅前再開発現場.2016.12.13

昭和42年の目黒駅前。各所に見られた「祝目黒駅完成」の表示から目黒駅ビルが完成直後だったのでしょう.目黒駅ビルは築50年の今も変わりない.手前の分岐線から目黒車庫へ入る。1967.12.03


ここから都電5系統が発車していた目黒駅前電停(4系統は五反田から発車)

祝目黒駅完成の看板を掲げた商店街

目黒駅前電停 駅ビルは今も変わらない.

駅前電車通りの商店街に掲示された「夢のショッピング 目黒ターミナルビル 11月1日開店」.当時としては画期的な駅ビルだったのでしょう。

表通りから奥へ入ったところに目黒車庫があった.

車庫のトラバーサ

目黒車庫には5系統4系統の小型車1000、1100形が配置されていた.

車庫跡に工事中の目黒駅前再開発ビル

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

目黒駅前の都電。懐かしい画像をありがとうございます。私の子供時代、目黒車庫前の歩道を通るたびに感じた、あの油臭さを思い出します。また夜の情景ですが、発車待ちの電車の薄暗い車内灯が、何ともわびしさを感じさせたものです。目蒲線時代の目黒駅前には、とても贅沢な光景が広がっていたのですね。ちなみに父は市電時代に、明治学院中高附属校に、通学でこの5系統を使っていたそうです。その当時の母は、通学途上にある白金小学校に通っていたそうです。ここに不思議な「人間の縁」を感じます。今は一変してしまった目黒駅前。懐かしい1000型や1100型、そして都電目黒車庫。素晴らしい貴重な画像を、誠にありがとうございました。

katsu さんのコメント...

匿名さん
コメントありがとうございました。
「目蒲線時代の目黒駅前には、とても贅沢な光景が・・」

あの時代が贅沢な光景に見えてくるのは私も同感です。
東京の再開発が進むにつれてその想いが強くなってきます。
目黒から5系統に乗ると白金独特の光景が印象的でした。
今、南北線で同じ道を通過すると何にも分かりませんね。
今は便利だけど都電のように風情を味わう贅沢さは何もありません。
私は都電はあまり撮っていませんが、1000や1100型に惹き付けられて5系統は好きでした。

六十郎荒井 さんのコメント...

縦目1型グロリアのタクシーとハイヤーなかなか良い感じですトミカリミテッドヴィンテージ43でぜひタクシー仕様で製品化してほしいです

katsu さんのコメント...

六十郎荒井さん
あれはプリンス・グロリアでしたか。
この写真の1967年に三代目となって横目から縦目になったのですね。
私はプリンス・グロリアというと二代目の横目の方が馴染みがあります。