案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年2月26日金曜日

仙北鉄道 車両写真1

車両写真は模型資料として撮ったもので、ブログで車両写真は殆ど活用していません。車両写真+車両竣工図のデータベースでも作ってそこで車両写真を活用してみたいものです。

撮影:1964.08.04
 瀬峰を発車するどの列車も満員盛況、駅も乗客で賑やかであった. フルサイズ画像

沼尻へ行った好ましい小型のキハ2402   瀬峰

 
仙台鉄道と同型のDB071   瀬峰

登米駅のキハ2404

米谷を出て登米まで寂しい景色が続く キハ2404

スイッチバック米谷で客車を切り離し登米に向かうキハ2406

瀬峰にたむろする客車はどれも採寸したくなる客車ばかり.

客車の車両写真いろいろ 撮影:1964.08.04
ハ1401(日車)

ハフ1410(雨宮)+ハニフ1402(日車)
荷物合造車ハニフ1404(丸山車両)

ハ1411(丸山車両)

不明→ハフ1406(日車)

仙北鉄道の起点東北本線瀬峰駅はこんな風景だった.

11 件のコメント:

esehoku さんのコメント...

仙北…!
西の駿遠、東の仙北って言っちゃいますが、「大軽便」と呼んでいいだけの延長キロと風格がありましたね。
奇しくも共通した、ブルーとクリームのカラーが何とも良い味を出しています。
仙北は確か後年は「宮城バス」と社名を変え、文字通り駅のホームからバスが発着して行く光景が違和感ありまくりでした。
この光景も「ニュースで綴る日本の鉄道30年」のビデオに記録されていて、駅のホームからバスが発車していくシーンに、わざと汽車の音をSEで入れてあって、皮肉なユーモアを感じました。

katsu さんのコメント...

esehokuさん
この昭和39年に訪問したとき築館行きバスが瀬峰駅ホームから発車し
廃線になった軌道上をバスが走るという愉快な光景でした。
仙北の傑作シーンでブログでは記事2本を挙げてあります。
瀬峰から廃線となった築館線のレールが一直線に延び、
築館まで鉄道施設はけっこう残っていたようです。

伊豆之国 さんのコメント...

仙北鉄道が通っていた登米(とよま)町(現在は周辺町村と合併して登米(とめ)市)には、10年余り前に訪れたことがあり、町の中心部には明治の面影を残す元の学校、警察などの古い建物や、風格のある味噌蔵などが立ち並んでいて、「宮城の明治村」の異名を持つのどかな小都市として「町歩き」に人気があるそうです。その当時はまだ登米駅の駅舎がバスターミナルとして残っていて、仙北鉄道の資料も展示されていた記憶もあったのですが、その後ほどなくして取り壊されてしまったそうです。
このときには仙台から東北線で、瀬峰駅で降りたのですが、バスの本数が少なく、2時間も待たされるようだったので、結局タクシーを呼ぶしかなくなって、5千円余りを支払う羽目になってしまいました。帰りは柳津駅行きのバスが待っていたのでこれに乗ったのですが、こちらも乗客は数えるばかり、気がついたら途中からは私一人だけになっていました。

esehoku さんのコメント...

katsu様
ありがとうございます。
改めてブログのページを見ましたが、瀬峰駅の築館線、レールの外側はバスのタイヤに踏み固められた跡でしょうか、何か通常の路盤とは違った風情がありますね。
それにしても、貴重な画像資料と当時を伝える文章には、いつも感服いたしております。
何日かかっても読みきれません。本当にすごいですね。

ねこあたま さんのコメント...

こんな事言うのは変な話ですが、1960年代生まれの身としては
あの頃の方が、物質的には豊では亡かったけど、あんちゃんや姉ちゃんだけでなく
おっちゃんやおばちゃん達も楽しい顔をしていたような気がします。

katsu さんのコメント...

伊豆之国さん
以前、登米の町とバスターミナルとなった駅舎の事をどなたかコメントされていましたね。
あそこは宮城の明治村でしたか、ここへ行かれる人はよほどの旅好きなのでしょう。
私達は町のことを何も知らずにただ終着駅を撮りに訪ねただけでした。
登米の駅前は1枚だけ写真を撮ってありました。

katsu さんのコメント...

esehokuさん
過去記事を読んで戴きありがとうございます。
仙北鉄道は思いつくままずいぶん記事本数が多くなってしまいました。
ブログではFacebookと違って読まれない過去記事をそのまま繰り上げる事はやらないので
少し整理してリニューアルせねばと思っています。

katsu さんのコメント...

ねこあたまさん
あの頃は物質的には貧しい時代でしたが、それゆえの良さがあり楽しそうな顔もみれたのでしょう。
ほんの僅かなことでも楽しめたのが、今ではモノや情報が溢れて鉄道趣味も感動や感激がなくなりました。
今や日本中の風景がパソコンで見れてしまい、現地にいった感動は昔の楽しみとは違うものに変化しているのでしょう。ネット情報では判らない多様な楽しみ方はいろいろありそうです。

#9999 さんのコメント...

「スイッチバック駅米谷の奥にいた増結用ハフ1405」とされている客車は、窓配置「D333D」からハフ1410ではないでしょうか。
仙北鉄道の客車は2両のニフを除くと全て窓配置が異なり判別が容易です。
ちなみに下から2番目の客車は「D2222D」からハフ1406が該当します。
客車はサイズ的にも一見似たり寄ったりですが、オープンデッキからの改造、車体焼失による新造、製造時からのもの等、妻面だけはバラエティーに富んでいますね。

最近アップされている大画像からはより多くの情報が読み取れますね。私も刺激され、画像の大型化は無理なので、ファイルサイズをサイト開設時の100k程度から200k程度に上げて、仙北鉄道の客貨車を再アップしてみました。
カメラがカメラだけに無理はありますが、気のせいか遠近感が増したように感じます。

katsu さんのコメント...

#9999さん
客車のご指摘ありがとうございます。
客車の番号の調べが不十分で竣工図と写真でよく確認してみます。
ネット環境の急激な変化でGoogleブログの画像も大型化でき
現状の横1000pix程度の画像サイズも無料サーバで更に大きなサイズにできそうです。

katsu さんのコメント...

#9999さん
写真を車両竣功図表と照合してみるとご指摘の通りでした。
写真で不明だった客車は窓配置D2222Dからすると確かにハフ1406しかありませんね。
またスイッチバック駅の奥にいた客車は竣功図では丸妻ですが写真は丸妻には見えません。
でも窓配置からするとハフ1410しかいないようですね。
客車の車番表示を訂正いたしました。