案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2015年11月19日木曜日

九州夜行列車 1枚の写真

九州の地方私鉄、路面電車めぐりで毎夜宿代わりに利用した夜行列車。この1枚は確か鹿児島で夜行列車に乗り早朝の鳥栖に到着した時でしょう。駅で顔を洗いパンをかじり熊本へ引き返したのか、あるいは長崎へ向かったか? 
そんな1枚をスキャニングした後、トリミングもゴミとりも調整も何もしないでリサイズだけした画像を試してみました。これは楽です。


早朝の鳥栖 鹿児島発の夜行列車 1967.03.02 


1967年3月1日、鹿児島20:11発の門司行夜行鈍行列車に乗り込む。鈍行列車のせいかお茶や弁当売りはほとんどやって来ない。隣の急行発車ホームには駅弁もたくさんあったのに・・・・。改札が始まっても乗り込んでくる客はまばらで西鹿児島で地元の客が乗ってきて少しだけ席が埋まったがすぐにガラガラの夜行列車となった。一人で1ボックス占領し今日一日の疲れでぐっすり眠れそう。

翌3月2日4:41定刻に鳥栖に到着し隣のホームに停車しているローカル列車に乗り込んで目が醒めると博多に到着。鳥栖で長崎行に乗ったつもりが列車は逆方向の長崎発門司港行きであった。博多で6:49発急行「雲仙 西海」C60牽引列車に乗って引き返し長崎へ向かう。長崎に10:27到着したとたん南国の明るい太陽のもと異国情緒豊かな音楽が聞こえてきて南国ムード満点であった。

と、旅の記録を読み返してみると狂電関人さんご指摘の通り朝の陽ざしの方向からすると写真は東京発長崎行きの下り夜行列車急行「雲仙 西海」かも知れません。

6 件のコメント:

狂電関人 さんのコメント...

katsuさま

昔の鳥栖のお写真興味深く拝見しました。
で、ちょっと気になるのが画面右側はヤードだとすると
これは上り列車ではなく下り列車では?ということです。
光も右側後方からのようで東側になると思います。

このころの鳥栖駅はすっきりしていて写真撮影に最適ですね。

katsu さんのコメント...

狂電関人さん
鋭いですね。
そうでしたか、私のうろ覚えで情報が間違えているかも知れません(泣)
撮った駅が違っていることも考えられます。
九州ぐるぐる回りの行程記録とネガの順番を追いかけて確かめてみます。

一枚の写真から場所と日付と列車などを確定するのも手間が掛かるものですね。
中でも撮影場所と日付が正確でないものは鉄道写真の価値なしを昔先輩たちからよく言われました。

katsu さんのコメント...

狂電関人さん
この時の日記とネガを調べてみました。
ネガは鹿児島駅の夜が写ったコマの次がこの写真でした。
夜行列車の記録をアップしましたが鹿児島発の夜行列車で鳥栖に早朝到着は間違いありません。
鳥栖で長崎行きに乗り換えたつもりが逆方向で目が覚めたら博多に到着。
博多6:49発の夜行急行「雲仙 西海」C60牽引で引き返して長崎へ向かいました。
写真が下り列車ならば長崎行き急行「雲仙 西海」かも知れません。

狂電関人 さんのコメント...

katsuさま

早速のご確認恐縮でございます。
ずっと時代は下るのですが小生も鳥栖駅へは良く撮影に出かけました。
長崎本線分岐駅でもありまた久大本線列車の始発駅にもなっていた鳥栖駅。
大きな機関区を抱え様々な列車が往来する鉄道要衝はなんとも魅力的でした。
お写真のホーム越しに見える鉄道関連の建物が写っているのを見て、
ひょっとしたら・・・と思った次第です。
雲仙・西海号はすでに14系ハザになっていましたが、撮影にまた旅行の
移動手段にと親近感を感じる列車です。
無煙化以前の鳥栖駅の貴重なお写真拝見させていただきありがとうございます。

三等急電 さんのコメント...

当時の鳥栖駅を知らない者の勝手な推測になりますが、1967.03.02の鳥栖駅ではないと思われます。
と申しますのは、写真では構内に架線柱が全く見られませんが、鳥栖を含む門司港-久留米間は1961年に電化しているからです。
さらに、客車は1両目がナハフ10か11、2両目がオシ17のように見えます。
撮影当時の急行「雲仙 西海」の編成をネットで調べたところ、「西海」分割後の「雲仙」長崎方面と合致します。
(下記URLの1965年(昭和40年)10月1日改正」参照)
http://homepage3.nifty.com/6480/page389.html
以上のことを考え合わせると、下り急行「雲仙」の肥前山口-長崎間と思われます。
なお、当時C6031号機は鳥栖機関区の配属でした。

katsu さんのコメント...

三等急電さん、狂電関人さん

この写真は鳥栖で撮ったものとずっ~と思い込んでいました。
しかし100%鳥栖の証拠もないので、もし違っていたら狂電関人さんにも申し訳ない不安が見事に的中しました。
三等急電さん、もの凄い推察ですね。まるで鉄道推理小説のようです。

1枚の写真の間違い探しは、狂電関人さんの列車の朝日の当たり方から始まり、三等急電さんの架線の有無、客車の形式、当時の編成表などから特定された結果が肥前山口-長崎間でしたか。
ありがとうございました、お二人の推理のお蔭で写真は鹿児島本線ではなく長崎本線であったことが分かりました。間違いなかったのはタイトルの「九州夜行列車」でけということに(泣)
地方私鉄と違って国鉄はしっかりメモしておかないと場所当ては後でえらい苦労することを思い知らされました。