案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年10月19日水曜日

寄居から丹荘へ

上武鉄道へ向かう時に通った寄居と丹荘の風景に戻ってみます。
当時は気にも留めなかった寄居の光景も今みると昭和37年を感じさせる。

東上線のクハ246 寄居 1962.12.23      拡大画像
池袋で乗った寄居行き準急はこんな電車であった。先頭を除く3両の凄い電車がとても気になる。
ホームの看板には東京へ準急98分とある。

いくらでも撮れた八高線のC58の貨物列車. 寄居  拡大画像
  
秩父鉄道の電機ED38 3号機.  寄居   拡大画像

何もない上武鉄道丹荘の駅.ここから西武化学工場前まで走っていた。
ポツンと置かれたハフ2(元川越鉄道の古典客車改造)

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

東上線の準急の姿が懐かしいです。通学途中の池袋で毎日見ていました。寄居ってどんなところなんだろうと、いつも思っていました。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
東上線にこんな電車が走っていたとは。当時としてはごく普通の電車に何も関心がなく目に止まりませんでした。
私も毎日見ている一時期がありましたが、全く撮らなかったです。こんな東上線をいろいろ撮っておけば今になって楽しめたでしょう。
当たり前の今日の一枚も撮っておくべきですね。