案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2017年6月19日月曜日

田辺さんの山陽めぐり 呉市電

昭和41年12月に山陽路を訪ねた田辺さんが撮った呉市電がよい雰囲気です。
戦後20年が経過した呉の街に独特の雰囲気を感じてしまうのは昨年大ヒットしたあの映画のせいでしよう。

1966.12.8 撮影:田辺多知夫氏 
軌道線の向こうに拡がる街になんとなく戦後の風景を感じてしまう。

堺川に架る堺橋でしょうか。

Googlerストリートビューでこの橋の現在が確認ができる。

写真と一致する映画の山並み。
アニメ映画「この世界の片隅に」

街中の事務所に掲げた「アメリカ原子力潜水艦入港阻止監視センター瀬戸内海本部」の看板。


そして呉と言えば呉線のC62。

6 件のコメント:

まろねふ さんのコメント...

大変ご無沙汰をしております。
何時も貴重な写真で、古き良き昭和の香りを楽しませて頂いております。

さて、重箱の隅を突く様で大変申し訳ございませんが、4枚目の画像は広電旧600形の画像ではないでしょうか? 
撮影場所は己斐~福島町間の太田川放水路にかかる新己斐橋東詰めだと思います。

いずれにしても貴重な画像には変わりありませんが…

Cedar さんのコメント...

呉市電もついに訪問できずに終わりました。父が戦後すぐ進駐軍キャンプめぐりの仕事で呉に行って、市電なのに山越え区間がある「えらくガラの悪い街だった」という話をきいたことがあります=あの映画の時代ですね。

katsu さんのコメント...

まろねふさん
ご無沙汰しております。
ご指摘ありがとうございました。
確かにこの602は呉の600形601~607とは違い、写真は広電の600型602ですね。
3系統から己斐~宇品間を走っていると思います。
撮影場所まで詳しく教えて戴き助かりました。次回の広島編の方で取り上げたいと思います。
この写真の3か月後、私もこの区間を乗車したのですがこんな風景の記憶が全くありませんでした。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
この1960年代後半、呉の街は広島の都会と違って殺風景な雰囲気を感じたものです。
更に昔の呉の戦中時代があの映画で、私はあれを観て呉の街の風情が膨らんできました。
アニメ映画の影響力は凄いですね。
父上の駐留軍キャンプめぐりの時代の呉はまさにあのアニメ映画に近かったのでしょう。

六十郎荒井 さんのコメント...

2枚窓キャブトラックが写真で写っているのが嬉しいです

katsu さんのコメント...

六十郎荒井さん
あの2枚窓はキャブトラックと言うのですか。