案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2015年12月18日金曜日

花巻温泉行きの軽便電車2( リニューアル)

デハ57.花巻温泉近く   1964.08.03 

前日の曇天とうって変わって翌日は真夏の炎天下でやっと夏らしい日差しとなった。花巻で鉄道線に乗って花巻温泉へ向かう。鉄道線はレール、道床などがしっかりしていて電車も新しく綺麗でしょぼくれムードは全くなかった。沿線は平凡な風景で東北の田園地帯という感じであった。

 
炎天下 東北の田んぼの中を行くデハ57.

交換可能駅 瀬川

木立に囲まれた花巻グランド前

真夏の雲と花巻グランド前駅


瀬川を渡る

4 件のコメント:

esehoku さんのコメント...

「花巻グランド前」という駅名と言い、デハ57の「金太郎の腹掛け」塗りと言い、精一杯のモダンさと垢抜けなさが共存していると思います。毎回、本当に懐かしくも楽しいです。

ねこあたま さんのコメント...

意外とスマートな感じの電車ですね。
田舎だと電車や気動車が客車を牽引するというのは私たちの世代では
当たり前の光景だったのですが、今は尋常じゃないのでしょうね。

katsu さんのコメント...

esehokuさん
軌道線の温泉郷にくらべると鉄道線の花巻温泉は割とアカ抜けた温泉地のようで
電車も精いっぱいアカ抜けしようと努力したのではないでしょうか。

katsu さんのコメント...

ねこあたまさん
デハ57は昭和33年日車製で、これ以降に製造された21、22、28より57の方がずっとスマートで洗練されています。
やはり57はあの二枚窓でスマートなスタイルであったのでしょう。
でも中央運転台の問題で以降の車両は2→3枚窓に変更されています。
2枚窓は随分不評だったでしょうね。