marimoさんと初めて出会ったのは1963年11月23日ケネディ大統領暗殺のニュースが飛び込んできた日でした。私が業平橋の廃車群を撮りに行ったのがその翌日11月24日。marimoさんが中千住を撮った日付を見ると1963.09.25、二人が知り合う直前に彼は東武の現役8号機を撮りに行っていた。そして2カ月後、業平橋の廃車群の中に号機銘板はがされた8号機がいたのでした。
中千住駐泊所の58号機. 1963.09.25
昨年の「marimoさんを偲んで中千住貨物線」にアップした画像2点です。
昨年の「marimoさんを偲んで中千住貨物線」にアップした画像2点です。
京成の下を抜け道路を渡り中千住駐泊所へ向かう8(3代目)号機ピーコック 1963.09.25
8(3代目)号機ピーコックが活躍していた最後の姿。1963.09.25
いかにも東武の野武士という感じの電車がまだ走っていた頃。1963.09.25
2 件のコメント:
東武鉄道のピーコックとネルソン。
自分にとっては写真だけしか知りませんが好ましく、イギリス形の優美な姿も空制化やテンダー増量化されても、実用本位で逞しくて悪くないと思います。
東武博物館の6号機が動いたらうれしいのですが。
やっぱり東武と言えばよんよんれい!
なとさん
本当にピーコックとネルソンは東武の末期の姿も美しいですね。
機械設計の合理的な美しさとイギリスの美的センスが感じられる惚れ惚れする美しさ、
こんな車両が100年以上も昔に生まれたのが信じられません。
それに比べて今のデザインは・・・
よんよんれいと言えばボールドウィンのアメリカンよんよんれいもありましたね。
あんなアメリカンが東武を走ったとは驚きで信じられません。
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