案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年7月25日木曜日

福島交通軌道線 伊達駅前の風景

福島交通軌道線の「伊達駅前」は大変興味深い場所であり、他の写真を追加して再度アップしてみます。

1966年の大晦日に訪問した福島の空はどんよりと曇り、伊達駅前には正月を迎える華やかさもなかった。ただただ寒かった それだけが記憶に残る。大通りは舗装されていたが軌道線「伊達駅前」の周辺はここでも泥まみれの世界であった。「伊達駅前」の貨物線を含むこの一角を模型化できたらさぞや素晴らしいことでしょう。

国鉄伊達駅前の大通りに車は見えず朝の通勤者らしい人影が見える. 1966.12.31
まだ地方の道路には車より歩く人が多かった時代のようだ.
道路端を走る軌道は凍りついていた.

軌道線は国鉄伊達駅前で急カーブを曲がるとそこに駅があった.

銭湯のような国鉄「伊達駅」の寺社造りは飯坂温泉の浴槽をイメージしたとか。

国鉄「伊達駅」の真正面にあった軌道線「伊達駅前」

国鉄「伊達駅」から見た軌道線の風景.すぐ前に凄い駅前旅館が見える.

軌道線「伊達駅前」に小さな駅舎があった.

「伊達駅前」の奥には機回し線がある貨物線が延びていた.

軽便並み車体サイズの貨車が止まる貨物線は国鉄との連絡線はなし.
ゲージは共通でもこんな貨車では国鉄との連絡線の必要性は全く無かったのでしょう.

3 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

伊達、湯の町方面は、結局行けませんでした。
この伽藍とした風景、黒澤明の映画のシーンのようです。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
日差しが弱かったせいかほんとうに殺風景な風景でした。
Cedarさんの夏の長岡分岐点(カラー)のような雰囲気とは別世界で、
当時はどこでも季節による情景の差が大きかったような気がします。
全国きれいな街並となり、こんな季節感はどこかへ行ってしまったのでしょうか。

tetoteto さんのコメント...

初めまして。伊達出身で駅前に住んでおりました。
私は1972年生まれですので、こちらの軌道線というのは祖父母や両親から話でしか聞いたことがありませんでしたが、
今回こちらの写真を拝見しまして「こんな風だったのか!」と感激いたしました。

駅前大通りの写真に火の見やぐら(現在は別の場所に移動)が写っていたり、小さい頃によく祖母と買い物に行ったお店の建物があったり、色々と思い出しました。

どれも素晴らしい写真ですね。ほかの記事も拝読させていただきます。