案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年6月2日土曜日

小田急 喜多見駅の今昔

小田急線喜多見駅の昔は現在の光景からは想像もできないのどかな駅であった。
写真の駅は遥か昔の開業から1960(昭35)年頃までこの構内踏切と小さな待合室のあるホームであった。
昭和35年から数えると約50年、この間の喜多見駅の変貌ぶりを対比してみました。

昭和28年の喜多見駅. 狛江市吉原様所蔵
構内踏切と小さな待合室があるホームは1960(昭35)年頃まであった.

今日の喜多見駅ホーム. 2012.06.02


では喜多見駅が現在の姿になるまでの工事の経過は

~1960年頃 開業当時からの踏切のある駅(上の写真)
1960~61年頃 跨線橋駅に改築
1989年 複々線高架化工事着工
1997年 喜多見~和泉多摩川複々線高架化工事完成(現喜多見駅)


1962(昭37)年頃には跨線橋駅に改装されていた喜多見駅. 1966.04.11


ホームが改装されたが開業時からの三角屋根の駅本屋はそのまま残った。 1966.04.11


三角屋根の本屋には小田急の社紋がある.売店を右に見て中に入ると
正面に切符売場があり、左隣に荷扱所があり左手に改札口があった.

複々線高架化で三角屋根の駅本屋も消え現在の駅前風景となる.2012.06.02


喜多見駅から成城方面を見た今昔比較
1966.04.11

構内踏切がある昭和30年代前半の喜多見駅の風景.
特急2300形が成城の坂を下ってきたところ.
喜多見駅構内踏切を渡り左手に改札口があった.


今日の喜多見駅から成城方面を見る.  2012.06.02
喜多見駅の高架化と成城駅の地下化で成城からの坂が無くなった.

2 件のコメント:

chitetsu さんのコメント...

こうやって駅の変遷を拝見するとこの半世紀で全く別物になっていますね。
開業時からの三角屋根の駅舎と構内踏切の風景、いかにも郊外電車らしい姿で模型心を刺激されます。
私が知っているのは跨線橋駅時代までで構内踏切の時代は知りませんでした。
貴重な写真を見せて頂きありがとうございました。

katsu さんのコメント...

chitetsuさんがアップされた跨線橋時代の喜多見駅を拝見し、喜多見駅50年間の比較をしてみたくなったものです。
喜多見駅に限らずどの駅でもその変貌ぶりには隔世の感があり、失われてしまった駅の魅力も多いですね。
高度成長期を挟んだこの50年間で何もかもが変わってしまった。
ところが地方私鉄では改築費用を掛けられず昔のままの駅がまだまだありで、
そんな駅をテーマにした私鉄情景を記録しておく楽しみがありますね。