案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年6月7日木曜日

小田急 向ヶ丘遊園駅と南武線連絡線

現在の小田急 向ヶ丘遊園駅は今でも昔からの跨線橋がある地上駅のままである。
そして北口には開業当時からの駅本屋がそのまま残っている。
昔の面影を残す地上駅向ヶ丘遊園駅にはホッとするものがある。

昔、この駅を登戸側に少し行った所に国鉄南武線宿河原に繋がる連絡線があった(下の写真)
この連絡線の先にある南武線の構内ではよくC12が貨物の入替作業をやっていた。
C12が煙を吐いて活躍していた登戸駅は今や近代的な乗換駅となり他の駅と同様に
昔の面影は何もない。

向ヶ丘遊園 - 登戸 1963年2月 
ここで分岐して南武線に繋がる線路があった.遠くに向ヶ丘遊園の跨線橋が見える.
向ヶ丘遊園駅上りホームのデハ1900形増備車1913. 右手が北口駅舎

現在の小田急向ヶ丘遊園駅の上りホーム. 2012.06.02
今も昔の跨線橋がある地上駅で昔の面影残す駅にホッとする.
昔この先のカーブする辺りから国鉄南武線に繋がる連絡線があった.

現在の北口.開業時からの駅本屋と昔からの跨線橋がある駅の風景.2012.06.02


南武線に繋がる連絡線の分岐と当時の小田急電車.

準急江ノ島行デハ1200形更新後. 向ヶ丘遊園-和泉多摩川 1963年2月


準急新宿行デハ1900形


連絡線の先にある南武線ではC12が動いていた. 登戸~宿河原辺り   1963年2月

南武線のC12入替え作業 


登戸~宿河原辺りから川崎方面に向かう貨物列車  


南武線のC12. 登戸~宿河原辺り

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

この連絡線、話には聞いていたものの記憶はありません。戦前、夏の繁忙期に南武鉄道の電車がこの連絡線を経由して小田急に応援に入った事もあるらしいですね。

katsu さんのコメント...

ほんとうは向ヶ丘遊園駅で遊園地行きの豆電車のことに触れたかったのです。
昭和40年秋まで走っていたそうで、きっとCedarさんも親子で乗ったことでしょう。
私が連絡線を撮っていた頃はまだ豆電車が走っていたそうです!
向ヶ丘遊園駅前にあった風景が全く眼中になく、写真1枚さえなく大変惜しいことをしました。