案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年2月5日日曜日

東野鉄道 西那須野駅

東北本線西那須野駅の待合室で、頭上を通過する新幹線の轟音を聞きながら東北本線を待っていた先日、ふと東口方面を眺めると冬の青空に白い雲がポッカリが浮かびこの駅前から出ていた東野鉄道のことが思い起された。

遠い昔この東口駅前に東野鉄道のホームがあった. 2012.2.3 画像クリックで拡大

西那須野東口駅前.東北本線の上を新幹線が走る.
東野鉄道のホームがあった東口駅前に立つと、新幹線のコンクリートの城壁で
西方面の那須連山の景色は何も見えなくなってしまった。

東北本線宇都宮・上野方面が3番線であるのは今も昔も変わらない.

4番線の東野鉄道のりばへ向かう連絡通路があった. 1966.12.30

この時は蛇尾川鉄橋の流出で西那須野~大田原間の折り返し運転で、
朝の3本を逃すと次の列車は夕方までない.


西那須野駅を出て右にゆるくカーブする廃線跡が遊歩道に.2010.12.7
次の乃木神社前駅のモニュメント.この先大田原まで遊歩道(廃線跡)が続く.

こんな景色の中を西那須野~大田原間を往復していたキハ501(元五日市鉄道) 1966.12.30

那須連山を望む大田原駅の光景. 1966.12.30
大田原駅についての過去のアップはこちらです。

2 件のコメント:

1606 Yuman さんのコメント...

こんな古い画像が残ってるなんて
すごい...

katsu さんのコメント...

1606 Yumanさん
コメントありがとうございます。
お蔭さまで、久しぶりに古い記事を読み返すことができました。
あの記事は西那須野駅のトイレから空の雲を見てあの記事を思いつきました。