案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年2月26日木曜日

雨の耶馬渓

 大分交通 耶馬渓線  1967年春
耶馬渓を流れる山国川は、雨が降るとすぐに増水する。その川沿いを、耶馬渓線が走っていた。羅漢寺駅周辺は観光地として知られた土地だった。だがあの日は雨が楽しさを奪っていた。

耶馬渓に冷たい雨が降り、観光客の姿は見えない。増水した川辺に下り、雨に濡れながら一人列車を待った。何のために飲まず食わずでこんな辛いことをしているのか。学生だった私は、よくこんな問いかけを自分にすることがあった。

あれから40年余りが過ぎた頃、やっと苦労が報われる時代がやって来た。あの時に撮り歩いた蓄積は無駄ではなかった。



羅漢寺駅の向うにそそり立つ耶馬渓の奇岩.

青の洞門.


2 件のコメント:

大木 茂 さんのコメント...

またまた名言ですね。
「何のために飲まず食わずでこんな辛いことをしているのか」
ぼくもそう思いましたよ。
「誰に頼まれたわけでもないのに」… と。
将来発表しようと考えていたわけでもなく、
愚直に目の前の「面白さ」を追いかけていただけ。
結果的のそれが今の財産になっていたわけで、
何も分からなかった若いときの純粋な気持ちが大切だった。
風間さんの「準広角レンズ一本」撮りの素晴らしさにも
再度感嘆します。
他人様がやらないことをやる、その意味と大切さが
画面一つ一つから伝わってきます。

続編を待っています。

katsu さんのコメント...

大木さん
またまた嬉しいコメントありがとうございます。
あの苦しみは、消えゆく路線を今撮っておかねば後で後悔する、その一心からでした。撮った成果を楽しむのはせいぜいベタ焼まで、まず撮ることが優先でした。
仲間で成果を見せ合う事もなく、成果は何十年もお蔵入。将来果たして楽しめるのか不安だらけでした。