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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2020年8月7日金曜日

広島電鉄 被爆車両651~653

あの日、原爆を生き延びた被爆車両が、8月6日と、復旧を遂げた8月9日の2回、広島の街を午後1時から特別運行する。(ニュースより)
広島では現在3両の被爆車両「650形」が動く形で保存されているそうで、50年前に撮った651~653を探してみました。


撮影:1967.3.7
直進すると相生橋を渡る.十日市町の653

軌道線と鉄道線の接点 己斐(西広島)駅の651 

広島駅前の652

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補足:元大阪市電1601形のこと。今回の被爆車とは関係なし。

2枚目写真で被爆車の後にいた車両とは、広電750形(751~760)の758.
元大阪市電1601形の譲渡車10両が広電750形になったものでその後廃車.

広電2500形(2511~2514)
元大阪市電1601形の譲渡車は更に4両がいてこれが広電2500形に改造された.

8 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

鉄軌直通運転本格化前の姿ですね。2枚目のお写真には、のちに宮島線直通連接車に改造される元大阪市電1601が原形で写っています。

まろねふ さんのコメント...

管理人様
大変ご無沙汰をしております! 
広電650型は、毎年この頃になると、各所で話題になります。
ご存じかと思いますが、650型は5両が製造されて全車被爆しましたが、後に復旧し戦後の輸送に貢献しました。
655号は、昭和42年に南区役所前停留場付近の交差点で大型トラックと衝突大破し廃車となりましたが、残る4両は平成18年まで揃って活躍しました。
平成18年6月に、654号が廃車となり広島市に譲渡され、現在は市内で展示保存されています。(因みに最後のハンドルを握ったのは私です・・・)
653号も同時期に休車となり現役を退きましたが、地元テレビ局とのタイアップで貸切専用車として復活しております。651号と652号は、今も現役で朝ラッシュ時を中心に活躍しています。

広電も大きなプロジェクトが進んでおり、2年後には広電宮島口駅が移転し、5年後には駅前大橋線が開業し、新しいJR広島駅ビル2階に広電電車の乗り場が出来ます。
コロナ渦で自由に移動は出来ませんが、新しくなる広電を楽しみにして頂ければと思います。

長文、失礼いたしました。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
写真で651の後ろにいる750形のことですね。
その後これが連接車か改造されたのでしたか。

katsu さんのコメント...

まろねふさん
ご無沙汰しております。
初めてコメント欄にいらしたのは2011年でしたね。
650形は4両が平成18年まで走っていたとは知りませんでした。
今も651と652が現役とは驚きました。
広電のプロジェクトはそんなに進んでいるのですか。
一度、広電の現状を見に行きたいものです

モハメイドペーパー さんのコメント...

2500形(2511~2514)は大阪市電1601形の車体と台車を転用していますが、広電に入って750形となったものからの改造ではありません。

katsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
連接車に改造は広電750形からではない件、ご指摘ありがとうございました。
元大阪市電1601形との関係を本記事の下に補足で解説を入れておきました。

高師浜 さんのコメント...

大阪市電1601型は南海大阪軌道線へも10両が譲渡され、121型(121~130)として活躍しました。2000年に最後まで残った130号車が廃車されましたが、同車は浜寺公園に保存されており、車内へも立ち入ることができます。

katsu さんのコメント...

高師浜さん
大阪市電の情報ありがとうございました。
今も保存されているのが嬉しいですね。