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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2015年12月23日水曜日

花巻温泉行きの軽便電車4

鉄道線シリーズの最後は馬面電車です。
馬面電車については以前ブログで2回アップしたことがありますが、この時はデハ1、デハ3、デハ5(木造)の3両を電車区で撮ることができました。残念ながらもうラッシュ時でも滅多に使われることはないようでした。馬面電車の車両写真を撮り終わった頃、幸いにデハ3が何やら台車を牽いて動き出し鉄道線へ消えて行きました。

デハ56と並んだデハ3 花巻  1964.08.03

お伴を牽いたデハ3が鉄道線に出動. 花巻

鉄道線の林の中に消えて行った馬面電車. 花巻

アカ抜けした外観だが新型ではなかったデハ57(昭和33年製) 1964.08.03

デハ57の後に生まれたピカピカの新車モハ28(昭和38年製) 1964.08.03
花巻の最新型は軌道線仕様のこちらであった。正面2枚窓の問題は3枚窓に改良されている。

12 件のコメント:

esehoku さんのコメント...

出ましたっ、馬面!!
あまりにも有名な電車ですが、走行中の画像は初めて見ました。
あの狭さで、安定性とか乗り心地とか、どうだったんでしょうか?
乗客の方々、ロングシートで向かい合うとヒザがぶつかるほどだったとも聞きましたが、どうやって「ご順に中程へお詰め」いただいていたのかと…(*_*)

katsu さんのコメント...

esehokuさん
花巻といえばやはり馬面電車でこれを出さねばと思っていました。
軌道線で客扱いしていた時代のことは私も知りませんがどうやって乗っていたのか興味深々ですね。
馬面電車はたくさんの車両写真が他で公開されているので今回省略しましたが、
前回アップした画像を大きくして組み直し改めて馬面電車(車両写真)をアップしたいと思っています。

宵闇 さんのコメント...

最後の写真のモハ28号、なんでこの車だけデハではなくモハなんでしょうね?
都電6000系の影響を多大に受けたスタイルがいいですね!

katsu さんのコメント...

宵闇さん
花巻の電車は鉄道線、軌道線ともデハですが28号だけは何故かモハですね。私も理由はわかりません。
そして鉄道線、軌道線で車両番号のつけ方が大変ややこしくて新旧車含めて整理しようとすると胃が痛くなります。

toshi さんのコメント...

デハ3とデハ56が並ぶと軽便車両の56が妙に大きく見えるのが面白いですね。
近鉄の軽便時代の湯の山線車両と広軌化した近鉄名古屋線車両が並んだ写真を見
たことが有りますがまさにそんな感じです。

どちらもリアルタイムで観たことはありませんが、廃止になった名鉄美濃町線を
走るモ601は度々見かけました。全後面を絞ったそのスタイルは細長く当地
でも馬面電車と呼ばれていたそうです。

#9999 さんのコメント...

デハ3の牽く貨車の荷台に乗っている物と、その微妙な傾き加減が気になり調べてみたところ…

Katsuさんのちょうど2年後に里山工房様が撮影された「デハ5」の脇にも同じ物が写っておりました。
http://satoyama.in/auto/sharyo/auto160.html

単なる夏場の除草剤散布の様ですが、こんなイレギュラーな編成の方に目が行ってしまいます。

katsu さんのコメント...

toshiさん
四日市で広軌化した近鉄湯の山線と内部・八王子線の軽便が並んだ大人と子供の対比は面白かったです。
花巻の馬面電車はナロー同士で比較してこれだけの差があるので、もし東北本線と並ぶことがあったなら大変な違いに腰をぬかす光景でしょうね。

katsu さんのコメント...

#9999さん
馬面電車に牽かれた作業車のようなものは除草剤散布車でしたか。
これが鉄道線へ向かったのはなるほど納得できます。
軌道線の草も生えない砂利に埋もれた軌道に比べると、
軌道線はしっかりした道床であり雑草が生えるでしょうから、これで除草剤を撒くという訳ですね。
これを撮ったのは花巻電鉄の撮影を終えたときで、残念ながら追い掛けることができませんでした。

靑蛙 さんのコメント...

懐かしい風景写真。花巻・福島・美濃町の馬面電車を並べてみると面白いですね。
花巻の馬面は古風で味わいがありますね。台車も面白いなぁ。
花巻は何回も訪問しましたが、走行しているところは貴兄と訪問したときだけでした。
数々のコメントを見てもこの鉄道に対する関心の高さに共感を覚えます。

katsu さんのコメント...

青蛙さん
お久しぶりです。
馬面電車は他にもありましたが花巻の全幅1600mmは並外れだったと思います。
乗客が乗った室内写真などは大変に貴重ですね。
花巻の馬面の車両写真はネットや本にいくらでもあるので躊躇しましたが、
新しい写真にアップ済み写真(くどいですが)も含めて組み直してみました。
全てあの日青蛙さんと伴に撮った写真です。
2日目は天気良くフジノン45mmレンズで鮮明に撮れていました。
ただ花巻の馬面は豊沢街道走ってこその電車ですね。

匿名 さんのコメント...

まさしくこの沿線(新鉛行)に住んでます。
3歳頃の記憶ですが、確かに乗りました。
線路上で遊んでいて、何度も電車を止めたりしたそうです。
よく脱線して、その度に近所の若い衆?総出で復帰させていたそうです。
現在も馬ずら電車は、市民の家という公園に保存されてます。

katsu さんのコメント...

匿名さん
思い出をありがとうございました。
子供の頃にお住まいが西鉛温泉へ向かう軌道線の沿線だったのですね。
昔、馬ずら電車は軌道線(花巻~西鉛温泉)を走っていました。
あの線路で遊び、馬づら電車が生活にあった思い出が羨ましいです。
軌道線については下にあるラベルで「花巻電鉄」をクリックしていただくと沢山の場面が出てきます。