案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2014年2月4日火曜日

熊本市電 水前寺公園辺り


電停「市立体育館前」の陸橋から熊本城方面を見ると、
電停が「水前寺公園」、「国府」、「新水前寺駅前」と続く. 2007.03.12

電停「市立体育館前」の脇に水前寺公園の一角が見える.

電停「市立体育館前」から終点「健軍町」方面を見る.
この先を左に進むと熊本県庁へ向かう.

電停「市立体育館前」
昔の355↓が1355になって今も活躍している.

健軍町へ向かう直線道路の47年前はこんな光景であった. 1967.03.04

2 件のコメント:

Masahiko SATO さんのコメント...

おせわになります。
47年前の写真非常に興味深く拝見しました。
30年前はなんとか記憶にありますが、
僅か17年で急変したのは、この間の社会情勢が変わったということでしょう。

katsu さんのコメント...

Masahiko SATOさん
コメントありがとうございました。
写真の47年前の1967(昭和42)年はまだ昭和30年代を引きずっていた日本だったと思います。
その直後に起きた余りにも急速な変貌はやはり日本の高度成長期のせいであったのでしょう。
ほんとうに社会が急変したと私も思います。