案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年2月9日木曜日

玉電 二子玉川園へ下る

玉電瀬田を発車すると専用軌道に入り、多摩川べりにある二子玉川園へ向かって下る.
松林がある坂の途中、左手丘の上に行善寺があり、行善寺から見える風景は江戸時代から「玉川八景」と呼ばれ有名であったそうだ。松林がある玉川八景の坂は玉電風景の名所でもあった。

坂の途中の小さな踏切  1965.7.27 画像クリックで拡大 
坂の周囲には自然豊かな風景があった.
行善寺の脇を松林がある急勾配を登る.


二子玉川園  駅は一時的に渋谷寄りに移動していた時代.  1965.7.27

5番線砧線の砧本村行、4番線渋谷行


二子玉川園を出た大井町線が併用軌道を溝ノ口へ向かう. 1965.7.27


昭和41年まで見られた大井町線が二子橋を渡る光景.


現在の地図上に玉電と国道246をなぞってみました。

4 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

今、まさにこの近くに住んでいまして、しょっちゅう歩いている辺りです。トップの踏切は田園都市線をまたぐ陸橋となっていて、多摩川高島屋の別館がすぐそばに出来ています。
二子橋の併用軌道のお写真は貴重ですね!マンションの住人に<二子橋の上に大井町線の電車が走っていた>という話をしたら、誰も信じませんでした。

katsu さんのコメント...

Cedarさん、素晴らしいですね玉川百景にお住まいですか!。多摩川を望むこの一帯はさぞかし素晴らしい眺めでしょう。
ストリートビューで坂の途中の小さな踏切辺りの現在(小さな陸橋)を見てみました。行善寺あたりは今も自然豊かなようで、この寺からの素晴らしい眺めを見に行くつもりです。
名勝の坂に今も田園都市線の線路があるのが嬉しいです。それと二子玉川の駅周辺は数年前に撮った風景ですら今や様変わり、大変なスピードですね。

Cedar さんのコメント...

暫く前までは、確かに良い眺めでした。でも、今は6000の横に写っている富士観会館後のマンションや遊園地跡の再開発ビルのおかげで、富士山の眺望すら怪しくなって来ました。それの張本人がT急と世田谷区ですからね。

katsu さんのコメント...

東口の再開発で出来た完成間近の巨大なビルを見て驚きました。あれからもう1年。更にまた次の何かが出来てくるのでしょう。
玉川百景の眺めが失われて行くのが残念ですがこれも超人気の二子玉の時代の流れで仕方ないでしょうね。