案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2014年12月19日金曜日

貴志川線 大池遊園

先日のSMEさんのコメントからすっかり忘れていた大池遊園の駅風景を再びアップしてみます。
1枚の写真からいろいろなことが読み取れます。

大池遊園   1965.08.04

タマゴ型元ガソリンカー電車の混合列車が何と素晴らしい編成か。
ホームの女の子と母親、こちらを見ている女の子は今50代半ばくらいでしょう。
学校帰りの女学生もとっくに還暦過ぎ今や60代半ばでしょう。

ガンガン照りの昼下がり、何もないホーム。
自然豊かな風景に囲まれたホーム。
こんな風景まるでジオラマに出てきそう。


駅舎が気になるので別な位置からもう1枚。
左手に待合室(小屋)があり、その奥は駅舎なのか住宅なのか?
右手に田んぼが拡がるこんな風景、今では何もかもが違うようです。


大池公園で束の間を涼む。一体どんな格好をして撮っていた自分だったのか。

5 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

明るい夏の昼間に、百鬼夜行を撮る!
我々くらいの年齢でないと体験できなかったですね・・。
少し嬉しい気がします。

しかし、Chitetsuさんのところも一緒ですがこの認証、なんとかなりませんかね?
コメントする気が削がれます

katsu さんのコメント...

Cedarさん
申し訳ありません、Googleがやることなのでどうにもこうにも・・・。
メールでコメント入れていただければ発信元メルアド消してコメント欄へ転送します。

katsu さんのコメント...

青蛙さん
写真を撮っていた頃は何も感じなかった当り前の風景。
それが年月経つと、いろいろ感じるものが出てくる、面白い現象ですね。
鉄道写真を撮り溜めて寝かしておく時間が長いほど感じるものが多い。
まるで長期熟成古酒のようです。

ニタマ駅長代理 さんのコメント...

初めまして。
今年は貴志川線の前身、山東軽便鉄道開業から100年という節目を迎え、いろいろと調べている中でこちらのサイトにたどり着きました。
昭和50年頃までは大池遊園駅に対向設備の名残として線路が残っていたとは聞いていましたが、これまでその様子が写されている写真を見たことがありませんでしたが、このページでは和歌山鉄道時代の列車交換をしている様子が写っており大変感動いたしました。
他のページも拝見しましたがとても貴重な写真ばかりで感激です。ありがとうございます。

katsu さんのコメント...

ニタマ駅長代理さん
コメントありがとうございました。
全国に知れ渡った貴志川線の今が素晴らしいですね。

大池遊園の駅も今やすっかり変わったようですね。
昔の貴志川線の写真がお役にたてば嬉しいです。
あの頃の貴志川線の長閑な駅の風景にほのぼのとしたものがありました。
昭和40年、日本のローカル私鉄にはその土地独特のカラーがありました。
今、地方独特の文化と食の人気でそこへ向かう独特の地方私鉄に更なる人気が出るでしょう。