案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年8月20日火曜日

西馬音内電車と西馬音内盆踊り

昭和48年4月に消えた羽後交通雄勝線は、西馬音内電車と言われ奥羽本線湯沢から秋田米どころを西馬音内(部分廃線後)まで走っていた。昭和39年夏に訪問した時は駅で湯沢の七夕まつりと幻想的な西馬音内盆踊りの案内掲示があり、七夕まつりの一端は見たものの盆踊りは開催が10日後であり諦めたのでした。

この時代は盆踊り開催ともなると、沢山の見物客が湯沢で西馬音内電車に乗って西馬音内駅で降り、駅や電車は大変な賑わいであったことでしょう。そんな風景を想像して当時の西馬音内電車と一昨日まで開催された西馬音内盆踊りの最新画像1枚を並べてみました。

湯沢七夕絵とうろうまつりのfacebook 「はぁ〜え、湯沢のなえでもびゃっか」さん、そして西馬音内盆踊りのスミスさんのブログ「酒だ酒だ・・」 、現地最新画像をありがとうこざいました。

昭和39年夏の西馬音内駅. 1964.08.06
西馬音内盆踊りを10日後に控えた駅の風景.

今年も8月16日~18日まで開催された西馬音内盆踊り.撮影:スミスさん
盆踊りだけは昭和39年の夏と何も変わらないことでしょう。

西馬音内電車. 西馬音内駅構内 1964.08.06
盆踊りの日は客車増結でどんな編成だったのでしょうか.

夕陽を浴びた西馬音内駅.  1964.08.05

西馬音内駅 1964.08.06

2 件のコメント:

SME さんのコメント...

こんばんは。             雄勝線の多客時輸送・・・両端にデハ、中間に2軸ハフを3両の5両編成でホームからはみ出して停車したりしていたのかもしれませんね。

 写真の「夕日を浴びるハフ13か14」ですが、今でも明治村でレールの上を走っているのが凄い所です。 一時、SL運休で客車もどうなるのか?不安になりましたが明治村のHPでは運行復活になっていたので、元雄勝線の2軸も安泰です。 
 地鉄や軽便で、複数車体の動態保存ですとニブロクが多い気がします(尾小屋と頸城)。サブロクでは雄勝線の2軸客車だけでは・・・?と思いました。梺の静態デハ3も含めて4両が現存するのは嬉しい限りです。 

katsu さんのコメント...

SMEさん
多客時の輸送でこんな光景があったかも知れませんね。
本で見た高井薫平さんの写真に2軸客車ハフ13 14と元日立電鉄のハフ13を牽く客貨6両編成の昭和40年の光景がありました。電車は2年前に入線した雄勝線では最新の西武改造のデハ7でした。
2軸客車を挟んで2軸電車デハ3とデハ1が前後についたらこんな風景になるでしょう、の写真を貼ってみました。
地方私鉄でサブロクの動態保存はほんとうに少ないですね。明治村の保存はほんとうに貴重です。