案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2021年2月4日木曜日

井笠の7号機(コッペル製)

井笠鉄道で1961(昭和36)年10月に廃車となり解体処分される予定が、奇跡的に助かり各地を転々と移動しながら近年では長野県の「野辺山SLランド」に引取られ静態保存されてきました。2018(平成30)年8月31日で同園が閉園となり、2019年に古河足尾歴史館にて保存されました。
(古河足尾歴史館HPより)


古河足尾歴史館のトロッコ館野外に展示された7号機。  2020.11.21
2019年到着したままで未整備の状態。

7号機は井笠で最も力のあるC型蒸機で神辺線の天井川の勾配で客車を牽いて活躍したそうです。神辺線の天井川とは両備国分寺と湯野の間に流れる高屋川支流のことで、両備国分寺を出るとすぐ高屋川支流の土手を登る。この急勾配で使われたのが6号でなく7号機だったが、それでもスリップ発生で機関助手が砂撒きしないと登れないこともあった。
(幼少時代から神辺線御領に住み軽便が生活の一部であった方の昭和20年代初頭のお話)


今や神辺線の廃線跡めぐりが盛んに開催されているようで、コンクリート高架の井原線に比べ昔の軽便神辺線の鉄道施設がいかに小さかったかで驚いているようです。もしかしたら今は軽便程度の規模で輸送力は十分かもしれません。


井笠の中で最も美しいと言われている7号機(コッペル) 。廃線後、各地を転々として足尾の安息の地にたどり着いたのが何よりです。


7号機を初めて見たのはくじ場車庫であった。  1962.7.30




2回目の訪問ではくじ場の格納庫に保存されていた7号機。1967.3.8

4両の蒸機8,7,9,3号機が鎮座していた格納庫。


美しいコッペル7号機と同型の6号機。くじ場車庫。

3 件のコメント:

なと。 さんのコメント...

ご無沙汰しています、なと。です。

一枚目の写真だと埃被っていても汽笛も計器類も揃っていて素晴らしく羨ましい限り。

現状はほとんど機関車の形をしたがらんどうみたいになっていて、どこから手を付けていいのかわからない状態です。

海外でコッペルの走行可能なレプリカを作ってくれるメーカーがあるようで、そこに復元をお願いしたい気持ちになります。

自分もトロッコ館のメンバーなので、塗装だけでもどうにかしたいのですが、昨今の状況がなかなか厳しくて残念です。

katsu さんのコメント...

なとさん
ご無沙汰しております。
キャブの内部は怖くて見れませんでした。
7号機は廃線後あれだけ残酷?な経緯をたどったせいか"がらんどう"みたいでしたか。

入間の河原にあった安比奈鉄連コッペルはドイツに里帰りして見事に復元され驚きましたが、かなり各部を新作したのでしょう、さすが本場と感心しました。

足尾に行って7号機を見物して写真撮るだけで申し訳なくトロッコ館の皆さんのご努力には頭が下がります。時間が掛かっても少しづつ綺麗になって行く7号機を楽しみにしています。
コロナさえ収まればじっくり時間かけてまた訪問しようと考えています。

katsu さんのコメント...

にぶろくさん
6号機の先に居るのは立山重工製Cタンク10号機です。
7号機の先にはコッペルCタンク3号機、その隣がベルギー・コッケリル社製Bタンク9号機です。
写真を撮った1967年時点でくじ場には計7両の蒸機が格納されていました。