案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年9月18日火曜日

西国立にあった立川機関区とED16

南武線の西国立駅の脇にあった立川機関区。1963(昭38)年に立川機関区を訪問した目的は0番模型でお馴染みだったED16を撮影することであった。

ED16は、1931(昭和6)年から18両製造され中央線や上越線で活躍し、一部は関西の阪和線にも配属されたが1970年頃までに全機が立川機関区に集結したそうで、青梅線・南武線で活躍していた姿をよく見掛けたものだった。
奥多摩で採掘された石灰石を浜川崎(第一セメント、日本鋼管)や高麗川(第一セメント)まで運ぶ 日本の基幹産業(セメント・鉄)を支える重要な輸送ルートが青梅線・南武線そして八高線であった。
この石灰石輸送列車の牽引を担ったのがED16で、1970年の青梅線奥多摩~南武線浜川崎間では
1日10本も運転されていた。(運転本数はRMライブラリー 鶴見貨物線回顧より)

ED16引退のお別れ列車. 東青梅-河辺 1983.03.20  ED16は3月27日で廃止となった

昭和38年の夏休み明け9月の日曜日、休日の川崎工場地帯の専用線めぐりを国鉄電機撮影に急遽変更し渋谷から西国立へ向かった。事務所におことわりすると簡単に許可が下り、この日のED16とED27の運用を詳しく説明して頂いた。それにしてもこの立川機関区の人達は皆親切で実にありがたかった。

南武線西国立駅の脇にあった立川機関区.  1963.09.08
現在この辺りには巨大なマンションが立ち並んでいる.
南武線西国立駅の脇にあった立川機関区

ED1616

庫内に休むED16群



2時間ほど待ってやっと帰って来たED2714.南武鉄道向けに4両製造された日立製電機

ED2714とED167



親切にして戴いた機関区の皆さん

4 件のコメント:

chitetsu さんのコメント...

立川機関区、懐かしいですね。
ED16、南武線、青梅線の茶色い電車達とセットで何度となく訪問しました。その頃しょっちゅう行き交っていた貨物列車が今や一本も走っていないのは信じ難いことですね。
先日、西国立に住む知人宅を訪問した時に機関区跡が大きなマンションになっているのを見てビックリしました。
まさに兵どもが夢のあとの世界でした。

katsu さんのコメント...

Chitetsuさん、やはり茶色い国電を撮りに南武線、青梅線に行かれましたか。
あの頃の青梅・南武線は今の新車投入と違ってお下がりが回される路線でした。
乗客としては辛かったけど発想を変えてみれば貴重な旧型国電が撮れた楽しい路線だったんですね。
あの頃の国電ファンの世界は緻密な車両研究の感があり、私には馴染めませんでした。

lodgershinmeishrine さんのコメント...

拙チャンネルで「ED16,73系,103系,青梅線」見てやって下さいませ。この動画も皆さんからの音声を賜り、編集しました。後半に立川機関区の映像があります。貴ブログの写真で、機関区の線路配置が良く理解出来ました。

katsu さんのコメント...

lodgershinmeishrineさん、
ブログで立川機関区を作成する前にlodgrshinmeishrineさんの素晴らしい動画を拝見していました。
あまりに動画と音が一致しているのには驚きました。
やはり音が入ると違いますね。
立川機関区で動いているED16の光景が懐かしかったです。ありがとう御座いました。