案内文章
2026年2月6日金曜日
2026年2月1日日曜日
かつての新宿駅はこんなだった
2026年1月25日日曜日
浅間温泉の朝
最近、松本郊外の浅間温泉を訪ねた知り合いがいて、温泉通いの浅間線のことが想い出された。
10分程で着いた浅間温泉はなかなか立派な終着駅で、尖った屋根は西洋館を思わす。この温泉町を少し散歩してみたいものだが、走行写真を狙っているので、温泉町を見る事もなくさっき来た線路を逆に松本方面へ歩いて行った。朝の浅間温泉を背に田畑の向うを行く通勤電車は、観光ではなく、生活の脚としてそこにあった。窓は開き、仕事へ向かう人々の顔が見える。
沿線で走行写真を撮りながら、3つ先の交換駅まで行くと、高校生を満載した電車が次々とやってきた。朝8時を過ぎたであろう、太陽はギラギラ容赦なく照りつけて来た。しばらく列車交換の風景を眺めた後、また松本へ向って電車に乗った。
2026年1月21日水曜日
広田尚敬 作品展「いつかまた 軽便鉄道」を観て思うこと
2月1日まで開催中の広田尚敬 作品展「いつかまた 軽便鉄道」
写真展を観た数日後、私は友人が教えてくれた55年前の1970年鉄道ファン誌に投稿された広田さんの記事を何回も読ませてもらった。
55年前の広田さんの言葉より
保存機関車からは生を感じることはできないにちがいない。なぜなら、そこには生活や労働がないからである。見る者と見られる物との間に、共通の感覚や空気がないからなのである。私は鉄道写真を写すときに、鉄道の持つ生活や労働のリズムを大切にあつかい、それに私の感覚や感情をプラスして無限に広がる空間を構成する。そして、実物車両や本格的公式写真と共に、もし後世に作品を残すとしたら、単に形をとらえた列車写真ではなく、魂の入ったこのような鉄道写真こそ意義ある記録と信じているのである。
私は広田さんの写真展を観た後だったので、広田さんの言葉にあった魂が入った鉄道写真とは、写真展の作品に一貫してあった生きた鉄道写真であることが、なるほどと思った。そして鉄道の持つ生活や労働のリズムを大切にあつかって撮るのに、当時の軽便鉄道はとてもふさわしかったと思う。今も、生活や労働のリズムがあらわになる鉄道の場面は、様式美とは別なところに目を向ける必要があるかも知れない。
その後、広田さんのトークイベントを聴いたが、55年前の広田さんの言葉にあった、鉄道の持つ生活や労働のリズムを大切にあつかい無限に広がる空間を構成する話や、魂が入った生きた鉄道写真の話は、なかったのが残念であった。
後世に残す魂が入った鉄道写真、それは感情論ではないのが今回の写真展を観るとよく分かる。みなさんはどう感じただろうか。
2026年1月18日日曜日
トークイベント「広田尚敬 鉄道写真を語る」
2026.1.17 JCIIで開催された主題のトークイベントを聴いて考えさせられることが様々あり、ブログに纏めてみました。
昨日のトークショウでは、小さな軽便でこそ発揮できるその極意(生活感と労働を撮る)を語ることはなかった。ただ、乗客や鉄道員を撮る写真家の技は話してくれました。そこが写真家だからできて素人にはできない技だけど、せめて何を狙い目に撮るかの極意さえ知っていれば、80年代くらい迄は鉄道をこれで撮れたと思います。今、気がついても手遅れですね。
広田さんが言っていたのは、撮り方は自由で他を否定することはなく、自分の撮り方で自由に撮りなさいでした。もしファンの様々な撮り方の作品を並べたみたら、少しでも広田さんのように撮った方が断然評価が高いでしょう。広田さんは広田写真集をマネして下さいではなく、参考にして下さいと言っていた(マネできる筈はないので)。
2026年1月9日金曜日
九十九里鉄道の魅力
九十九里鉄道を弊ブログで紹介したのはブログをスタートした2010年の年末でした。
高校時代の友人(飯島巌氏)が遺した紙焼きプリントを再度アップしてみます。
廃止となった1961年2月頃、私は高校生で九十九里の廃止は知っていたがカメラを持ってなく撮りに行くことが叶わなかった。まさか同じ高校同期に撮りに行ったファンがいることも知らずに。私にとって軽便の頂点だった九十九里鉄道を見逃した悔しさが、1962年春から始めた地方私鉄めぐりの動機となった。撮っておかないと後になって後悔する、そんな想いで危なそうな地方私鉄路線を次々と追い続けた。観光旅行と違って楽しみどころか空腹と睡眠不足の苦痛ばかり。後になって後悔しないで撮った写真を楽しむために。
魅力の三大軽便で九十九里、草軽は間に合わず、間に合ったのは沼尻だけだった。
九十九里鉄道の沿線風景は変化なさそうで、魅力は車両にあった。だれでもが車両中心に撮り、走行写真を撮る人もいた。当時(1960年代の半ば頃)、九十九里鉄道の駅や車内の日常風景の魅力を撮った写真を、私は書物や先輩たちの成果で見たことがなく、車両写真と良いポイントで撮られた走行写真で十分満足だった。しかし九十九里鉄道の魅力はそれだけではなかった。
| 単端に牽かれるケワ + ハニフ + ケハフ。ボギー貨車でどんな荷物を運んでいたのだろうか。家徳 |
2026年1月5日月曜日
軽便鉄道写真展
日本カメラ博物館JCIIフォトサロンで2月1日まで開催です。
1960年代に消えた軽便の頂点3路線、これを撮られた鉄道写真の頂点広田さんの写真展を楽しみにしていました。鉄道写真というより写真家が鉄道を撮るとこうなる、という作品ばかり。写真展の写真はほぼ全て駅や車内の人々を撮った生活感溢れる作品で、まるで映画のスチル写真のようでした。
当時の鉄道写真で駅や車内に溢れていたこんな魅力を撮れる人はまずいなかったと思います。駅や車内の魅力に気付き、人(特に個人)を撮れる術があるのが写真家。
そして、JCII写真展で毎度思うのがモノクロプリントの素晴らしさ。モノクロ写真ってこんなに美しいのか! を感じとれます。あと何回かJCIIへ行くつもりです。
今回の生活感ある写真は、軽便鉄道の人気3路線で撮られたところに大きな魅力があった。ただのローカル鉄道ではなく、ほのぼのとした軽便の3路線が大きなポイントになっていると思います。
2026年1月1日木曜日
2025年12月31日水曜日
2025年12月23日火曜日
今日の銀座4丁目
https://www.sony.co.jp/united/imaging/gallery/detail/251219/
2025年12月19日金曜日
京急大師線の廃線区間
年の瀬の大掃除で出て来た京急大師線の写真。
ちょうど、明日12月20日夜NHKプラタモリで大師線の廃線跡を放送するそうだ。
番組で廃線跡をどこまでやるか?
この写真で行先表示版、三線軌条などからある時代の大師線の塩浜支線と分かる。
川崎市電、国鉄貨物線、塩浜支線の三線軌条の変遷を線路図に書いてみたくなった。
鉄道模型アートマルシェ(再掲)
私は写真パネルだけで何も出しませんが、会場に時々います。
今回の写真パネルは、7年前の写真展に出品した全倍(全紙の倍)サイズの
福島交通と北陸鉄道金石線の2点です。
2025年12月17日水曜日
2025年12月11日木曜日
2025年12月9日火曜日
2025年12月2日火曜日
2025年12月1日月曜日
2025年11月29日土曜日
松尾鉱業鉄道 東八幡平
インフルエンザに罹り約半月間を無駄にしました。
米坂線の話を纏めている頃に発熱し、米坂線が中途半端に終わってしまいました。
元に戻ったので、停止していたブログも少しずつ始めたいと思います。
FB投稿から再掲

ハチロクの花輪線撮影で最も気に入った1点です。
2025年11月16日日曜日
11月9日の週
毎年行事が集中する11月。
9日の週はSLの話題が続いた。
9日は会社OB会で宇都宮LRTと真岡線SL列車乗車。冷たい雨降る日だった。
11日に稲門鉄道研究会(早大OB)写真展へ。
その帰りに書泉グランデで究極の鉄道写真集「鉄道写真 広田尚敬」をしっかり拝見。
稲門写真展を伴にした友人(SLファン)と米坂線のことが話題になった。
SLが美しかった時代のモノクロ写真を拝見.
私が訪問したのも同じ1971年秋で、SLブーム到来の時代だったのか宇津峠越えでは三脚持ったファンをいたる所で見掛けた。ただ、この頃は96牽引の旅客列車は少なくなって米坂線の良き時代は終わっていたようだ。





















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