翌日、早朝の国鉄軽井沢駅では朝もやに包まれてD50など多くの蒸機がスタンバイしていた。そして駅前には草軽電鉄の新軽井沢駅の跡が残っているなど、軽井沢駅ではアプト式機関車だけでなく様々な光景を見ることができた。信越本線軽井沢~長野間が電化した直後で、碓氷峠の新線もスタートした直後で軽井沢駅はこんな光景であった。
朝もやに包まれた軽井沢機関支区. D50 1963.7.21
D50. 朝の軽井沢駅
軽井沢機関支区
1960年4月廃線の3年後で「電車・バスのりば」の看板が書きかえられていた.
駅はバスの施設となり草軽の貨車の車体が残されていた.
軽井沢駅のED42 1963.7.21
横川へ下るED42 4重連回送
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