案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年8月23日火曜日

横浜機関区 1963年5月、横浜。

1963年5月、横浜市電を撮る前に横浜高島町の高島駅(貨物)の一角にあった横浜機関区を訪問した。
横浜~桜木町間の高架を行く東横線を挟んで横浜市電の反対側に横浜機関区があり、扇形機関庫の中にC56が3両休み、外には火を入れたC56が1両が待機していた。庫内のC56の2両は休車であった。
関係者の話では年内には蒸機は消えDD13に切り替わるとのことで、大変な数のDD13が入線していた。横浜機関区の蒸機が最後を迎えた1963年の5月であった。

扇形機関庫に休むC56.2両は休車であった. 1963.5.3


C56に代わって主役はDD13に


作業に出て行く C56160


間近に初めて見たC56.


美しいハチロク58681も健在であった.

38644とC1132は使われなくなって留置線に.

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

初めて、コメントします。貴ブログを大変興味を持って拝見させて頂いています。私はこの機関区と新鶴見を往復するSLを見ながら育ちました。当然、鉄ちゃんに成長し、60年代に各地を巡り、写真、動画を撮影しました。ところが私自身のずぼらな性格で日時など、記録があやふやです。この度、このページの貴写真のうち下2枚が、拙写真の構図、機種が全く一致しました。すなわち、私が横浜機関区に訪問し、撮影した日時が推定されました。感謝申し上げます。更に、日本鋼管、三井埠頭の写真も大変興味深く拝見しました。
YOUTUBEの上に『lodgershinmeishrine』のHNで拙動画をupしてあります。日本鋼管、三井埠頭も有ります。ご笑覧頂ければ、幸いです。

katsu さんのコメント...

odgershinmeishrineさん
コメントありがとうございます。
横浜機関区は撮影日の推定でお役に立てたようで嬉しく思います。
早速You-tubeを拝見しました。この時代の動画を24件も登録されているのには驚きました。日本鋼管と三井埠頭は前から拝見し参考にさせてもらっていました。
60年代を動画で残しているのは大変貴重でこれから楽しませてもらいます。
小ブログの日本鋼管鶴見古典機は間もなくアップ予定です。

竹下正勝 さんのコメント...

懐かしく拝見しました。1963年、昭和38年は、私が横浜機関区で臨時雇用員で整備係で、蒸気機関車を磨いていたころです。その後2年後機関助士で、横浜機関区から新鶴見機関区まで、よく行きました。
機関助士時代は、茅ヶ崎機関区の所属でしたが、それから、三鷹電車区の運転士、それから転々、
今は退職十数年、懐かしい限りです。

katsu さんのコメント...

竹下様
コメントありがとうございました。
あの写真の頃、横浜機関区の職場にいらしたのですか。
初めて見たC56が大変印象的で、まさか横浜で見られるとは思いませんでした。
ちょうどディーゼル機に切り替えの時期だったようで、横浜で多くの蒸気機関車が撮れたのが幸いでした。
またまだ日本中に蒸気機関車が走っていてのどかな時代だったと思います。
それにしても遠い昔のことになってしまいましたね。