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遠鉄 奥山線
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2026年6月3日水曜日
里山風景
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「里山風景」 軽便鉄道の築堤の下に、一軒の民家がひっそりと建っている。庭先には洗濯物が干され、暖かい春の日差しを浴びていた。 当時、浜松郊外に自然豊かな里山があった。やがて各地で繰り広げられたのと同様に、丘陵は削られ、広大な宅地へと姿を変えていった。昭和30年代は、都市近郊にそん...
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2024年10月6日日曜日
講演「地方私鉄めぐりの旅 魅力のナロー情景」より(3)
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1963年4月30日で部分廃線となった気賀口~奥山間を日中1往復の気動車に乗って奥山へ向かったのが1963年の4月。奥山は桜が満開だった。 全てオリンパスペンSハーフ判カメラで撮影 1963.4.4 奥山駅が近い. 気賀口から20分ほどで桜満開の奥山駅に到着した.
2024年7月31日水曜日
遠州鉄道 消えた気賀口~奥山間
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私が見ることができた1962年以降の軽便鉄道で人気の沼尻、頸城、井笠、尾小屋は多くの書物で言い尽くされた感じがする。早くに消えた西大寺を除くと仙北、駿遠、奥山、花巻となるがこの中で紹介が少ないのは奥山線の非電化区間(曳馬野~奥山)で、今でも切り口がいろいろと楽しめる。 昭和38年...
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2024年4月29日月曜日
奥山~気賀口間の部分廃線
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遠州鉄道奥山線の春爛漫の奥山駅をRM LIBRARY 第10巻に掲載したのは2000年5月でした。1963年4月30日に部分廃線となった奥山~気賀口間。これまで奥山駅は写真集でも取り上げてきたので今回の情景集には掲載されていません。秋までにこの廃線区間と奥山駅にまつわる話を纏めよ...
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2022年7月26日火曜日
奥山線 金指から祝田へ
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爽やかな朝の陽を浴び、電車スタイル踏襲のキハが客車1両を牽いてラッシュ時に活躍していた。今の時代に思うのは、あの貧しい時代の日本でも何か元気を感じるものがあった。 撮影:1964.3.24 朝日を浴びた金指駅。 国鉄二俣線 国鉄二俣線のC58と並んだキハ。廃線後 花巻電鉄へ行...
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2020年7月28日火曜日
奥山線 気賀口~奥山間廃線の直前
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これもストロー状となった末期状態のネガを最後のスキャンをしたものです。 再スキャンするたびに画素数を高めて行くので果てしない作業となり、どこかで欲を捨て妥協せざるをえません。 1963年4月30日で区間廃線(気賀口~奥山間)の最後の頃です。 撮影:1963.4.4 ...
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2019年9月22日日曜日
遠鉄奥山線 遠鉄浜松駅風景
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遠鉄浜松駅から奥山線が発車していた。 奥山行はめったになくて気賀口行がほとんどであった。 撮影:1963.4.4 遠鉄浜松駅の気賀口行列車。 発車した列車の最後部に見える乗客は女学生とほおかむりのおじさん。模型の人形のよい題材です。 遠鉄...
2019年9月20日金曜日
遠鉄奥山線の終点奥山
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1963年撮影のネガ(ネオパンSS)もいよいよビネガーシンドロームで終焉を迎え、1963年奥山線の最後のスキャンをしてみました。it環境の進歩とネガの終焉で終わりのないスキャンが続きます。 撮影:1963.4.4 奥山駅 かっては奥山半僧坊の入口で栄えた奥山駅。...
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2018年11月13日火曜日
遠鉄奥山線 気賀口 2
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気賀口駅周辺の5万分の1地図(S35年)がありました。 1963(S38)年4月まで気賀口の先、奥山まで延びていた線路は、気賀口を出ると井伊谷川を渡らず橋の手前で急カーブして道路を横切って井伊谷川の土手を走っていた。気賀の町外れで川向うにあった気賀口駅の位置関係と、川の手前の...
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