昭和38年夏の松本電鉄浅間線を終えると、篠ノ井線経由で軽井沢へ向かいました。
この日の夜は鉄道友の会の撮影会に合流し軽井沢の国鉄宿舎に一泊するためです。友の会の撮影会は翌朝、
軽井沢からアプト区間に沿って旧道をバスで移動し、要所でバスを停めて思い思いのポイントで撮影するというものでした。
松本経由で鉄道友の会の撮影会に合流させてもらったのですが、今思えば廃止間近な貴重なアプト区間を先輩方と共に撮影できたのが大変ラッキーでした。
昨日のfacebookでは気動車の碓氷峠越えに話題があったので、碓氷峠の気動車を4点アップしてみました。碓氷峠のアプト式には興味ある方が多いようで、過去のブログの記事「碓氷峠 アプト式の終焉」などをリニューアルして再掲載します。画像は鮮明度アップした画像や、新規の画像にすべて入替えます。
wikiによれば 「
国鉄キハ57系気動車」 はキハ58形グループの特殊仕様で、キハ57形だけに碓氷峠越えのために台車に空気バネとディスクブレーキを採用したその理由が記載されています(wikiの出典元は不明)
ED42×1両+キハ57系+ED42×3両で碓氷峠のアプト式区間を登る。撮影:1963年7月21日。
7月15日から碓氷峠新線が使用開始されている時で、9月30日に全列車が新線へ移行しアプト式区間の役目を終えた。そして気になるのが下を走る車。
この車が初代プリンス・スカイラインとは知らなかった。誕生したのは1957年4月で日産と合併する前のプリンス時代の初代プリンス・スカイラインだそうだ。よく知られたロングノーズの精悍な2000GTは二代目プリンス・スカイラインであった。
こちらもアプト区間を登るED42×1両+キハ57系+ED42×3両。キハ57の空気バネらしき台車が見える。
そして有名な特急「白鳥」キハ82系の碓氷峠越え。
軽井沢← 白鳥の前部にED42×1両
軽井沢← 白鳥の後部にED42×3両
参考:RMライブラリー149巻「国鉄アプト式電気機関車(下)」ネコ・パブリッシング発行