地方私鉄 1960年代の回想
2026年6月25日木曜日

今、ブログは

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 今の世の中、ブログは殆ど消滅かと思っていたら そうでもなさそう。 リンクさせて頂いているブログ以外、 私はまず見ることがなかったブログ。 今も昔も、鉄道ブログの主体は「今の鉄道情報」 のような気がする。 そして、誰かが言っていたように写真は 益々車両写真に向かっているのは確か。...
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2026年6月23日火曜日

月山と三山電車

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機芸出版社から出版した「地方私鉄 失われた情景」の三山線でモノクロにして使った一枚です。 このネガカラー画像は不鮮明で色がよく分からない画像。AIでカラー鮮明化してみると白い月山がハッキリしてきた。ボケた果樹園の花のカタチも色もよく分かる。 モノクロ画像→カラー化の場合と違って、...
2026年6月22日月曜日

余韻を追って

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「余韻を追って」 情景、旅、音楽、人などに余韻が残るものがある。  今追い続けているのは過去の記録ではなく、 あの時代が残した余韻である。 桃の花が咲く頃、小さな電車が暮らしを結んでいた。 山形交通三山線 1971.5.3 (AIによるカラー画像の鮮明化)

新潟交通 昭和の街並み(再)

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「新潟交通 昭和の街並み」をアップしたのが2010年8月4日と2016年7月22日。 今回で3回目となります。今回はAIでカラー画像の鮮明化をやってみました。 県庁前-東関屋 1968.8.17 雨に濡れた商店街を今見ると、 街の色と電車の色がその時代の風景として調和していた。 ...
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2026年6月17日水曜日

東武のネルソ63号

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次は中千住のネルソン63号の車両写真です。 Adobeで鮮明化してみました。  中千住   撮影:1963.3.25 ネルソン1900年製造  前所有者 国鉄6252   東武入線1942年  廃車1963年
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2026年6月15日月曜日

東武のネルソン64号

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久しぶりに形式写真と言うか車両写真をFBに投稿してみました。ネルソンは過去に投稿済みですが、新たに調整した画像です。すると多くのコメントを戴き、後ろの有蓋貨車が三岐の貨車らしいということで、こちらに貨車を部分アップしてみました。 三岐の貨車に何を積んで東武からどこへ向かうのか、あ...
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2026年6月12日金曜日

矢掛線の雲と民家

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「矢掛線の雲と民家」 この日の井笠鉄道は青空に浮かぶ白い雲と、沿線の民家が印象的であった。北川から矢掛へ向かう列車を撮ったこの1枚。 これまでのカラー画像では空と遠方に見える民家が生きて来なかった。今回、AIで鮮明化したあと、Adobeで様々トーンを変えて仕上げてみると、作り物の...
2026年6月10日水曜日

早春の陽光

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「早春の陽光」 草木が青々とした新芽を出し始めた両備地方に、やわらかな春の陽光が降りそそいでいた。この地方独特の家々の間を、小さな軽便鉄道が静かに通り過ぎてゆく。 暖かな陽気に包まれた午後、赤い気動車に牽かれた緑とクリームの客車は、この土地の日常の風景の一部だった。 色の調子が不...
2026年6月7日日曜日

真夏の淡路 宇山駅

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「真夏の淡路 宇山駅」 洲本駅を発車した電車は民家の裏手をかすめるように走り、洲本川を渡り左へカーブするとほどなく宇山駅に到着した。 駅の待合室の壁には、島まつり案内や、「ご利用のみなさんへ」迫りくる廃線に関する紙面が貼られていた。 洲本行のホームでは子ども連れの家族が電車を待...
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2026年6月3日水曜日

里山風景

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「里山風景」 軽便鉄道の築堤の下に、一軒の民家がひっそりと建っている。庭先には洗濯物が干され、暖かい春の日差しを浴びていた。 当時、浜松郊外に自然豊かな里山があった。やがて各地で繰り広げられたのと同様に、丘陵は削られ、広大な宅地へと姿を変えていった。昭和30年代は、都市近郊にそん...
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2026年5月30日土曜日

2月終わりの庄内砂丘

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「2月終わりの庄内砂丘」 丘に登り松林の向うに穏やかに開けた日本海を眺めると、早朝から撮り歩いて来た岩場が続く暗い日本海とは違って、優しい雰囲気を感じる海岸線だった。 ハーフ判モノクロ画像をカラーにしてみると、海辺の湿度感、砂丘、二月の終わり、小さな電車、曇天の海などの色が効いて...
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2026年5月29日金曜日

築館線の残照

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「築館線の残照」仙北鉄道 1964年夏 鉄道が動いていた時代のこと以上に、鉄道が消えた後の線路の風景には深さがある。 そんなことに気づいたのは、撮影したずっと後のことだった。 この写真は仙北鉄道 築館線の廃線跡。当時私は何の感慨もなくシャッターを押したのは「記録として残すだけ」の...
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2026年5月27日水曜日

「ディスカバード・ジャパン」 鉄道沿線に見るこの国の姿、今昔。

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著者 大木茂さんが十年掛けていたのはこの本だった。16歳から日本各地の鉄道を撮り歩き、十年かけて記録した風景。その半世紀後、再び同じ場所に立ち、失われた線路や変わり果てた街並みを十年撮り続けた。 車で全国を巡りながら、十年を費やしてまとめ上げた「日本の今昔」。それは単なる鉄道写真...
2026年5月25日月曜日

京都市電 京大吉田寮

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「京大吉田寮と市電」京都市電 1969年正月 記憶から消え行くあの時代の空気感。 電停近衛通の向こうに見える吉田寮。写真は学生寮の問題に端を発し京大全学的紛争へと発展する直前だった。この時に吉田寮生で2回生だった方からのコメントでそれが分かった。 これから大変な時代を迎える昭和4...
2026年5月20日水曜日

雪の湯野町

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「雪の湯野町」福島交通軌道線 1966年12月 飯坂温泉の街外れ湯野町を発車した電車は、 雪が残る家並みの間の専用軌道を走って、 伊達駅前へ向かって行った。 (不鮮明なハーフ判カラー画像をAIで鮮明化) 福島交通軌道線の難解なツートンカラーは私の記憶にはない色で、様々な情報からこ...
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2026年5月19日火曜日

記憶にある色を求めて 能登線

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北陸鉄道 能登線  1962年夏 1962年夏、何がいるのか行ってみないと分らなかった能登線。分かっていたのは時刻表の情報だけ。能登線のカラーリングの根拠はノートにあったメモによる。福島交通軌道線、沼尻と同様に窓下が微妙な青緑カラーで、正に昭和30年代らしいカラーリングであった。...
2026年5月16日土曜日

記憶にある色を求めて 法勝寺電鉄

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日の丸自動車 法勝寺電鉄 1962年夏 1962年夏、国鉄時刻表にあった「日の丸自動車・法勝寺電鉄」を頼りに山陰本線米子駅に降り、米子駅の地下道をくぐり反対側に出ると、「日の丸自動車㈱電車部米子市駅」の看板を掲げた駅があり、木造電車が朝一番の発車を待っていた。朝日を浴びたツートン...
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2026年5月11日月曜日

さいわい橋

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「さいわい橋」 福島交通軌道線  1966年 雪の川を渡る電車は、 年の瀬の光の中を走っていた。 山は遠く霞み、 木橋の匂いまで 冷たい風に混ざっていた。 使い物にならなかった不鮮明なハーフ判カラー画像がAIで蘇った。  福島では「 記憶にある色を求めて」の車体カラーの検証ではな...
2026年5月8日金曜日

オリンパスペンで撮ったカラー画像が蘇る

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今回は、単なる「モノクロの色付け」ではなく、オリンパスペンで撮った不明瞭なカラー画像を生成AIで鮮明化してみると、これは驚いた59年前の記憶の空気感まで戻ってくる。 島原城から見下ろした瓦屋根の街並み、遠くに広がる有明海、その向こうに浮かぶ熊本。  1967.3.3 今回の調整は...
2026年5月6日水曜日

夕暮れ時の尾道

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 「夕暮れ時の尾道」   山陽本線尾道駅のホームが帰宅客で賑わいはじめた夕方、駅の地下道を進むと、背後に山が迫る狭い一角に「尾道鉄道のりば」があり、小さな2面のホームに電車や客車が休んでいた。 尾道の街に灯りが燈り始める頃、 電車は発車して行った.1962.7.30 尾道鉄道  ...
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katsumi kazama

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