2018年11月29日木曜日

竜ヶ崎線のハフ2 デッキに佇む女学生

先日の竜ヶ崎線の展示に非電化地方私鉄がお好きなTomiiさんが持参したハフ2のこと。

    Tomiiさんの竜ヶ崎線ハフ2
    竜ケ崎線ハフ2が完成しました。デッキに佇む女学生(女子高生などとはいいません)と、みかん箱がなかなかいい雰囲気になりました。FBの本人コメントより。
    モデルワークスのペーパーキットを組み立てた、竜ケ崎線ハフ2、カラーリングは
    Tomii自社カラーリングとのこと。
夕日を浴びて古典客車のオープンデッキに佇む女学生、それはそれは絵になる「究極の1枚」を撮りそこなったのがこの雄勝線の列車でした。若かった私に撮る勇気がなかったのが大変に悔やまれます。 1964年 夏の貝沢駅

当時、竜ケ崎駅の奥まったところにハフ2がいました。1962.3.29

初めてのマイカメラでいきなり撮ったのがハフ2の細部。今では周辺の風景の方が気になります。


2018年11月24日土曜日

「竜鉄の歴史を探る」パネル展

さて本題の「竜鉄の歴史を探る」パネル展ですが、素晴らしい内容でした。ここまでやる高校生の活動も珍しいのでは。
そして7万都市龍ヶ崎の「いがっペ市」の活気もたいへんなもので、この街の活気が竜ヶ崎線を盛り上げている感じでした。
ところで、写真パネルの仕上がりは、今回はあくまで展示会用のプリントであり写真展の写真パネル仕上がりとは別物、私の勘違いでした。

撮影:2018.11.23
竜ヶ崎駅

竜ヶ崎駅では関鉄レールメイト二人のお出迎え。

茨城県立竜ヶ崎第一高等学校によるイベントスタートの挨拶。竜ヶ崎駅

街の中心部をパネル展へ移動。

「いがっぺ市」で賑わう街の中にあった2箇所のパネル展会場。

 竜ヶ崎線の歴史を纏めたパネルや現物展示。

む~さんの竜ヶ崎駅配線図


「いがっぺ市」で賑わう龍ヶ崎のメインストリート。

竜ヶ崎線 龍ヶ崎機関区

昨日は半世紀ぶりに訪問した竜ヶ崎線で、良き時代の龍ヶ崎機関区を偲びました。

半世紀前の撮影:1962年3月、1963年8月

龍ヶ崎機関区 1963.8.17

龍ヶ崎機関区の佇まい。

井戸の隣にあった機関区の現状。2018.11.23

給水塔の脇にあった井戸の遺構。




 1962年の竜ヶ崎駅。

竜ヶ崎駅前の今、やはり北関東の空は青くて広い。2018.11.23

2018年11月21日水曜日

鉄道ピクトリアル 最後の広告です。

鉄道ピクトリアル誌毎号に掲載されてきました写真集「地方私鉄1960年代の回想」の広告も、本日発売の鉄道ピクトリアル1月号(No.955)が最後の広告となりました。皆さまのお蔭で、まもなく売り切れ、ほんとうにありがとうこざいました。




2018年11月19日月曜日

伊豆箱根鉄道軌道線 モハ7

昨日から本日まで吉祥寺で開催中の鉄道模型コラボ展に、伊豆箱根の単車モハ7が出展されていました。
城東電軌さんでは数年前から1/87で車体と台車のエツチング板を発売しているそうです。
伊豆箱根鉄道モハ7を調べてみるとS28年に休車になってS38年廃車でした。
城東電軌さんの製品化は毎度大変に欲しくなる題材ばかりで目が離せません。
1/80 13mmゲージなら完成品(あれば)迷わず買います。



渋いですね伊豆箱根鉄道のツートンカラー。

2018年11月17日土曜日

「竜鉄の歴史を探る」パネル展

こんなパネル展が開催されます。
関東鉄道竜ヶ崎線の歴史について龍ヶ崎市内の2箇所の会場でパネル展示。
鹿島参宮鉄道時代(~1965年5月)の竜ケ崎線に力を入れた展示だそうです。

主催:竜ヶ崎市地域公共交通活性化協議会
企画:茨城県立竜ヶ崎第一高等学校
協力:愛国学園竜ヶ崎高等学校 茨城県立竜ヶ崎第二高等学校
開催日:平成30年11月23日  詳細は下記ポスター参照。

そして家庭用スキャナ(GTX970)でスキャンした画像が巨大パネルにプリントされる。
A0以上もプリントできるプリンターを購入し、A1やA0パネルが展示されるようです。
これまでの常識を覆すプリント、これには興味深々!!
家庭用スキャナでスキャンした画像でもここまでプリントできる、が見れるかも。


2018年11月9日金曜日

旧東海道を走ったモハ205と206

facebookで伊豆箱根鉄道軌道線のポール電車で最も魅力溢れるモハ205、206の模型の写真が出てきて驚きました。こんな渋い電車を作る方がいるんですね。伊豆箱根鉄道のツートンカラー(グリーンとクリーム)が懐かしい。

ペーパークラフト工房 フジドリームスタジオごーまるいち【Fuji Dream Studio 501】さんの模型(未製品化)は1/40だそうです。
こんな模型を部屋に飾ってみたい!

撮影:1963年2月、7月
こんな旧東海道を走っていた軌道線の電車。1963年2月は廃線直後で線路が外されていた。

線路が外された廃線直後の長沢車庫。

 モハ206(田中車両製) 旧西武 大場工場 1963年7月
松本電鉄浅間線と同様に運転台が一段下がったタイプ。

モハ15(元大雄山線)車中から見ると、隣に見えるモハ206の運転台が異様に低い。

左モハ16(元大雄山線)と右モハ206の高さの差。

モハ206と同型のモハ205 旧西武

2018年11月6日火曜日

遠鉄奥山線 曳馬野駅風景 

電車と気動車がバトンタッチする曳馬野は次々とやってくる電車や気動車で楽しい駅であった。非電化区間では外観が異なる3タイプの気動車が活躍していた。

撮影:1963.4.4、1964.3.23
電車区間を曳馬野へ向かう途中で、上池川で列車交換。乗って楽しい丸妻客車の最後部にはいつも客が立っていた。

曳馬野の駅舎と大きなパンタ。

非電化区間の気動車には1802、1803、1804がいた。ライトがばかにでかい1803。

曳馬野駅風景

気賀口から非電化区間を走って来た遠鉄浜松行の気動車。金指まで並走するバス道路はバス代替え時点でもこんな非舗装路であった。

遠鉄浜松行き列車の乗客は気動車から電車に乗り換える。

曳馬野を発車した電車は殺風景な三方原台地を遠鉄浜松へ向かう。

帰りに立ち寄った駿遠線 袋井駅風景 1964.3.25

2018年11月3日土曜日

遠鉄奥山線 元城 2

二回目に訪れたのが1年後の1964年3月で、春の陽を浴びた元城の風景は相変らずであったが最後の年を迎えていた。あれから54年、のどかだった風景の今をgoogleで見ると大都会浜松の一角にのみ込まれてしまった感があります。

撮影:1964.3.23
右手が元城工場の建屋。
線路が前方で茂みの中を左にカーブするところが今も小路で残っている。右手の車庫と工場があったところに今はホテルコンコルド浜松が建っている。


大手通りの踏切を過ぎると元城駅の構内に入る。左の榎本外科が今のホテル車寄せの入り口となる。線路は遠鉄浜松へ向かって一直線に延びた先を右にカーブしている。

元城車庫に休む気動車。

元城車庫に休むモハ1003とキハ1803

車庫から牽き出されたDC1901