2018年11月9日金曜日

旧東海道を走ったモハ205と206

facebookで伊豆箱根鉄道軌道線のポール電車で最も魅力溢れるモハ205、206の模型の写真が出てきて驚きました。こんな渋い電車を作る方がいるんですね。伊豆箱根鉄道のツートンカラー(グリーンとクリーム)が懐かしい。

ペーパークラフト工房 フジドリームスタジオごーまるいち【Fuji Dream Studio 501】さんの模型(未製品化)は1/40だそうです。
こんな模型を部屋に飾ってみたい!

撮影:1963年2月、7月
こんな旧東海道を走っていた軌道線の電車。1963年2月は廃線直後で線路が外されていた。

線路が外された廃線直後の長沢車庫。

 モハ206(田中車両製) 旧西武 大場工場 1963年7月
松本電鉄浅間線と同様に運転台が一段下がったタイプ。

モハ15(元大雄山線)車中から見ると、隣に見えるモハ206の運転台が異様に低い。

左モハ16(元大雄山線)と右モハ206の高さの差。

モハ206と同型のモハ205 旧西武

6 件のコメント:

  1. あと僅かな差で乗ることができなかった伊豆箱根鉄道軌道線ですが、このような形で取り上げていただきありがとうございます。また素晴らしい模型情報もありがとうございました。同軌道廃線後も鉄道線の大場車庫に、軌道線の車両たちが集合していた事実は、不思議に思われるかもしれません。これは軌道線と鉄道線の軌間も同じ、電圧も同じ600Vで、軌道線車両の保守点検等も大場車庫で行われていたからです。ちなみに現在の鉄道線は1500Ⅴに昇圧され、軌道線車両がいた時代の面影は全くありません。またかつて沼津市の明治史料館にて、同軌道線の回顧展が開催されました。その際には多くの写真パネルや、乗車券類などの資料が展示されていました。その際に図録が発行されなかったのは残念ですが、こうして新たな形で懐かしの軌道線を再現していただき、重ねまして感謝申し上げます。

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  2. 匿名さん
    廃線時まで残っていた三島広小路の連絡線を使って大場車庫に回送されたのでしょう。
    軌道線の魅力的な電車の模型の写真に思わず実車をアップしてみました。
    こんな電車が1/80で販売されると嬉しいですが。


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  3. 画像3枚目…
    廃線後の風景って、その路線の現役の頃と現在とを結ぶ、単なる思い出として片付ける事ができない、貴重なものだと思います。
    「廃テツ」って言葉も生まれるほど(揶揄が感じられて、あまり好きな言葉ではありませんが)ですから、廃線跡巡りも人気(?)なのもうなづけます。

    ところで、製品化されていない車両の模型ですが、自作、または資料を元にワンオフで製作を受け付けてくれる工房へ注文する手もありますから、やってみるのもいいと思います。
    これもまた、自分の中の思い出を現在につなげ、その時代を語り継ぐ、尊い作業だと思うのです。
    キザな言い方かもしれませんが、決してオーバーじゃないと思います。

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  4. esehokuさん
    模型はそういう手もありますね。
    手をつけていないキットも完成してくれるところもあるでしょう。
    ところで、模型のカラーをPC画面では判断できませんが、伊豆箱根の模型があの色だとすると
    ツートンカラーがどうも私が見たイメージに合いません。特にグリーンが。
    カラーだけは自分で満足できるように塗らなければなりませんね。

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  5. 伊豆箱根鉄道軌道線の車体塗装は、やはりもっと深い(濃い)緑色だったと思います。これは私の幼時の記憶と、後に明治史料館の展示で見たカラー写真の印象に、大きな相違が無かったことに由来します。もっとも当時の鉄道車両全般に、現在より暗い色調が多く使用されていたようです。これは車体塗料の顔料が、日光(紫外線)による退色や、汚れの影響を考慮していたせいかもしれません。ことに後者は、旧型客車のように蒸気機関車の煤煙に終始曝されていたり、車体洗浄装置が未発達であった影響が大きいようです。このために色彩の明度や彩度を下げて対応していたと思われます。一方で伊豆箱根鉄道軌道線も、当時は未舗装だった国道1号線上を、土埃にまみれながら走っていました。これは雨天にはぬかるみとなり、それが乾燥して車体にこびりつき、いわば泥まみれになって走っていたのです。そのために緑色の塗装が、土汚れのせいでよけいに濃く(深く)見えていたのかもしれません。このたびの模型は市販品ではないようですが、このようなカスタムモデルの製造が盛んになりますことを願っております。

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  6. 匿名さん
    写真では判断難しいかと思いますが、やはりそうでしたか。当時はどこでも大変地味なグリーンとクリームであったと思います。
    昭和30年代の地方私鉄は何とも言えない独特のカラーリングで、原色のような派手なものは殆ど記憶がありません。やはり明度や彩度を落としていたのでしょうか。
    私はこの時代の何とも言えない色合いが大好きで、昭和40年代に流行って来たケバケバしい色に嫌気がさして地方私鉄への熱が醒めていきました。
    当時の正確なカラーリングに塗られた模型が今店頭に並ぶと大変美しく見えます。
    何とも言えないあの時代のカラーリングは西洋にはない日本文化独特のものであったのかも知れません。

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