2011年6月6日月曜日

花巻電鉄 西鉛温泉

花巻電鉄の鉄道線とは対照的な軌道線、8回目のアップとなります。
今回は終点西鉛温泉から軌道線(鉛線)を花巻方面へ向かってみます。


終点 西鉛温泉駅に到着したポール電車.  1964.8.2
豊沢川沿いに点在する温泉に客を降ろしながら山間に入って来た電車はここで行き止まりとなる.終点西鉛温泉は何もないところで、旅館のマイクロバスが待ち受け、待合所に
「歓迎 新鉛温泉 愛隣館 この先百米」の看板があった.


ポールの上げおろしを済ませた電車と、発車を待つ乗客.
砂利道を走る車の埃で白っぽい西鉛温泉駅.


側面から見ると馬面電車デハ3にそっくりな幅広デハ3.


西鉛温泉を発車した電車は右手に流れる豊沢川に沿って温泉峡を走り
花巻まで1時間ほどの旅が始まる.


鉛温泉駅.(差替え訂正させて頂きました)
交換可能駅だが線路間隔がかなり離れている奇妙な駅.
近くにあったスキー場は今もあるようだ.
鉛温泉スキー場


花巻行きの上り電車は延々一直線に続く砂利軌道を進む.鉛温泉駅

ラベル↓花巻電鉄をクリックされると過去のアップ済みと繋がります。

9 件のコメント:

  1. いつも拝見させていただいております。
    5枚目は志度平温泉駅ではないでしょうか。

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  2. 匿名さん
    ご指摘ありがとうございます。
    改めて他の画像と照合してみると、ご指摘の通りこれは志戸平温泉駅でした! 先ほど5枚目を鉛温泉駅の画像に入替えさせてもらいました。
    5枚目の賑やかな交換風景を今まで何の疑いもなく鉛温泉駅と思い込んでいました。激しい思い込み、誠に失礼致しました。

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  3. 花巻の軌道線は、お写真の5年後に訪問しました。山ノ神という停留所近くで撮影したときの、真夏の東北の空気感、今でもしっかり記憶しています。

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  4. Cedarさん
    山ノ神電停はそれらしき写真を次回アップ予定です。「山ノ神」の駅名と木立に惹かれてけっこう皆さん撮られているようですね。
    当時の真夏の空気感は私も全く同感です。東北だけでなくどこへ行っても感じました。夏の炎天下でも水を飲むだけで一日動ける暑さ。それとこの時代を映した映画など見ると独特のムードを感じてしまいます。1960年代の日本の空気感なんでしょうか。

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  5. 最後の写真の奥に見える大屋根が鉛温泉スキー場のロッジです。木造2階建ての大きな建物でした。鉛温泉スキー場は、今となってはとても小さなスキー場ですが、小学校の授業で、冬の遠足のように滑りに行きました。

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  6. yamabouzuさん
    いろいろと情報ありがとうございました。
    駅の先の白い屋根がスキー場のロッジでしたか。
    夏に撮った小さなスキー場の写真を追加してみました。

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  7. 鉛線は、鉛温泉奥の豊沢ダム(昭和36年完成)建設や市街地からの新県道整備のため、路面拡幅や路線変更などが行われました。その結果、石神駅から(滝乃沢交差点から西)は軌道線に不釣り合いな風景になりました。それでも、花巻駅から西公園をすぎて石神からしばらくの区間は、廃線までその風情を残していました。ちなみに、西鉛温泉は、旧道(川沿い)の藤三旅館の向かいにある商店のところだったそうです。

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  8. すみませんコメント訂正します。「ちなみに西鉛温泉」は「鉛温泉」の誤りでした。

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  9. yamabouzuさん
    昭和39年、温泉郷の豊沢街道(名称?)でバスを見かけなかったのはやはり道路未整備のせいだったのでしょう。
    砂利道にはトラックも乗用車も見かけませんでした。
    花巻に近い西公園あたりではバス網がかなり発達していたようでした。
    道路整備が進むとともに消えて行ったトロリーライン風景だったようですね。
    旧道にあった鉛温泉駅はかなり下にあったのですね。

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