2020年7月31日金曜日
淡路への道
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昭和40(1965)年、夏休みの淡路行は旅の相棒さんと淡路まで一緒でその後のコースは別行動にする二人の折衷案でやっと決定した。淡路まで東海道線ではなくわざわざ信越本線に乗って北陸本線直江津から夜行で大阪へ向かうコースは、とりわけ信越本線長野以遠の蒸機列車を楽しむ大きな目的があっ...
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2020年7月28日火曜日
奥山線 気賀口~奥山間廃線の直前
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これもストロー状となった末期状態のネガを最後のスキャンをしたものです。 再スキャンするたびに画素数を高めて行くので果てしない作業となり、どこかで欲を捨て妥協せざるをえません。 1963年4月30日で区間廃線(気賀口~奥山間)の最後の頃です。 撮影:1963.4.4 ...
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2020年7月18日土曜日
霞ヶ浦湖畔 桃浦
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鉄道模型趣味(TMS) 8月号は連載第14回目、関東鉄道鉾田線の「霞ヶ浦湖畔 桃浦」です。 2007年3月に廃線となった「鹿島鉄道」のずっと昔、関東鉄道鉾田線(元鹿島参宮鉄道鉾田線)は当時も常磐線石岡から霞ヶ浦の奥にある鉾田を結んでいた。1966(S41)年夏の終わりに鉾田...
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2020年7月11日土曜日
14年昔の写真展
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2006年は退職した翌年で、仙台でこんなことがありました。 14年前のこの時は自分の趣味生活がスタートした年。 表参道で軽便鉄道写真展を開催し、その後仙台でも開催しました。 まだブログもFBもやっていなかった頃。 2006年7月 金融機関の2...
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2020年7月6日月曜日
銚子電鉄 夏の日3
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銚子駅に戻ってみると日は傾き始め、夕方の駅周辺を撮ったのがこれらの画像で、駅の東方では盛んに蒸機が入替作業中で銚子機関支区では何両も蒸機が煙を吐いていた。 撮影: 1962 1963.6.30 銚子駅前 銚子駅の東側に延びる引込み線で盛んに貨...
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2020年7月5日日曜日
流山の「万上みりん」
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先日の流山駅の貨物線で、当時の貨物線(野田醤油工場)で運んでいたのは醤油ではなく「万上みりん」の製品や原材料等だったようだ。流山の工場は当時野田醤油(株)で今はキッコーマンのグループ会社流山キッコーマン(株)になって「万上みりん」を作り続けている。 (流山の街に詳しいレイさんの...
2020年7月2日木曜日
銚子電鉄 夏の日2
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木造電車デハ201を集めてみました。 車体が傾いているのか線路が傾いているか、いつも木造電車は傾いていた。 走行中はギジギシ音が出そうな木造車体。 撮影:1963.6.30 外川駅風景 海辺の林を行く。 どの電車も乗客が多か...
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2020年7月1日水曜日
銚子電鉄 夏の日1
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facebookで銚子電鉄の ポール電車デハ201(木造車時代) に沢山のコメントが寄せられましたので、2012年にアップした「銚子電鉄 夏の日」を再び紹介したいと思います。 撮影:1963.6.30 1点除きハーフサイズカメラで撮影です。 夏の外川駅 夏...
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2020年6月29日月曜日
流山駅の貨物線2
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1962年当時の流山駅において、 万上みりんの野田醤油(現:流山キッコーマン)工場へ延びていた貨物線と貨物駅はほぼこれで間違いないと思われます。皆さまからの情報提供ありがとうございました。 1960年当時の貨物駅の上屋やホームは、RMライ...
2020年6月26日金曜日
流山駅の貨物線1
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58年前の流山鉄道流山駅にあった貨物ホームの写真はこの1枚のみ。 ここから キッコーマン 醤油の工場に貨物線が延びていて、今も道路のカーブに貨物線の跡が残っている。当時のメモにあった「まんじょう」とは万上味醂の会社「 万上 野田醤油」であった。 当時、メモした貨物ホームの構内...
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