案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年2月29日月曜日

仙北鉄道 車両写真2

スイッチバック米谷駅の奥にいた客車はD333Dの窓配置からハフ1410と判明しましたが、写真写りのせいか竣功図の丸妻タイプには見えません。そこで2年後に撮った写真を見るとこちらは丸妻タイプであるのがよくわかります。

スイッチバック駅米谷の奥にいた増結用ハフ1405 1410(雨宮) 1964.08.04

上の写真の2年後 ハフ1410  佐沼  1966.03.01

魅力溢れる荷物合造車ハニフ1403(雨宮)   瀬峰  1964.08.04
駅には築館・佐沼・登米方面の案内があり、ホームの反対側から発着している築館線のバスが見える.


DC102  瀬峰   1964.08.04

2016年2月26日金曜日

仙北鉄道 車両写真1

車両写真は模型資料として撮ったもので、ブログで車両写真は殆ど活用していません。車両写真+車両竣工図のデータベースでも作ってそこで車両写真を活用してみたいものです。

撮影:1964.08.04
 瀬峰を発車するどの列車も満員盛況、駅も乗客で賑やかであった. フルサイズ画像

沼尻へ行った好ましい小型のキハ2402   瀬峰

 
仙台鉄道と同型のDB071   瀬峰

登米駅のキハ2404

米谷を出て登米まで寂しい景色が続く キハ2404

スイッチバック米谷で客車を切り離し登米に向かうキハ2406

瀬峰にたむろする客車はどれも採寸したくなる客車ばかり.

客車の車両写真いろいろ 撮影:1964.08.04
ハ1401(日車)

ハフ1410(雨宮)+ハニフ1402(日車)
荷物合造車ハニフ1404(丸山車両)

ハ1411(丸山車両)

不明→ハフ1406(日車)

仙北鉄道の起点東北本線瀬峰駅はこんな風景だった.

2016年2月24日水曜日

Picasaによる画像調整

ネガをスキャンしたままの画像と、picasaで調整他の加工を実施した画像を並べてみました。この事例でモノクロトーン調整は①明るさ、②ハイライト、③シャドウ、この三つのレベル調整のみです。

 スキャン画像をリサイズしただけ  撮影:昭和37年
スキャン画像→トリミング→調整→リサイズ

スキャン画像をリサイズしただけ 撮影:昭和37年
⇩ 
スキャン画像→トリミング→ゴミとり→調整→リサイズ

ハーフサイズの例 スキャン画像→トリミング→リサイズ 撮影:昭和38年
⇩ 
スキャン画像→トリミング→調整→リサイズ

2016年2月20日土曜日

福島交通軌道線 早朝の大通り

福島交通軌道線の早朝で薄暗くて眠いネガを今回スキャンしてみました。
こんなときGoogleの画像調整ソフトPicasaはモノクロのトーン調整が簡単瞬時にできほんとうに便利です。
大晦日、しだいに明け行く福島駅前の大通りを進むとこんな風景が見られました。

1966.12.31
北町の交差点を過ぎると左へカーブしこの辺りからゴタゴタした路地を進みローカルカラーらしさが現れてきた。魚屋など早朝の店は荷卸しで道路を占領し忙しそうであった。狭い道路を頻繁に行き交うバスの合間をよく電車が走れたものだ。朝の電車は続行で次から次とやってくるので効率よく撮ることができた。しばらくは狭い舗装道路上を同じような風景が続いていた。

浜田町
五老内の先で狭い道路にバスがひしめき合っていた.

朝の通勤風景

福島軌道線のツートンカラーの話がでましたので、昨年の軽便まつりで撮った服部英之さんの素晴らしい作品です。。鉄道模型趣味誌にこの作品の製作記事が発表されましたね。

2016年2月16日火曜日

昭和40年7月北海道 明治鉱業昭和炭鉱専用線1

田辺多知夫さんの「昭和40年7月北海道」、留萌鉄道の終点昭和炭鉱で動いていたクラウス17号と15号が大変お気に入りのようで、ここにはかなり時間を掛けて滞在したようです。

 昭和40年7月24日
以前「marimoさんを偲んで」で使わせてもらった画像です。


クラウス17号と15号

2016年2月15日月曜日

昭和40年7月北海道 藤田炭鉱3

先日アップした田辺多知夫さんの「昭和40年7月北海道」で藤田炭鉱ボールドウィン8112の画像を追加(再掲あり)します。小石のことがいろいろ判ってくると、田辺さんが北辺のボールドウィンを求めて訪問した炭鉱鉄道は地の果てのようなところで、さぞや苦難の旅だったことでしょう。

その後、コメント戴いた片岡さんから、鉄道ファン誌95年に掲載された記事を紹介いただきました。藤田炭鉱宗谷鉱業所専用線 "ここはボールドウィンの機影を追った最北の炭鉱鉄道であった″ 記事(安保彰夫氏、宮田寛之氏)を読むと小石と藤田炭鉱の概要が判り片岡さんの推測を含め写真に解説(推定)を加えてみました。


藤田炭鉱 ボールドウィン8112  左手に機関庫とピットがあるようで小石駅の一角と推定される.昭和40年7月26日

小石駅には北拓炭鉱のナロー線も出ていて背後は北拓のホッパーと思われる.小石駅から藤田炭鉱専用線に入るカーブのところで休むボールドウィン.

炭鉱専用線の終点にある藤田炭鉱宗谷鉱業所で、写真(下)の奥に積込ホッパーと思われる屋根が見える.

小石で空の貨車を引き取って藤田炭鉱へ戻るボールドウィン8112.背後の山に北拓炭鉱の住宅が並ぶ.

国鉄天北線(音威子府~南稚内1989年廃線)の小石駅  昭和40年7月26日


小樽市総合博物館に保存された キハ031

写真1枚目の小石駅構内の北拓ホッパーを反対側から見る.


参考:鉄道ファン誌1995年 藤田炭鉱宗谷鉱業所専用線

2016年2月10日水曜日

筑波鉄道 樺穂(かばほ)駅

      
筑波山を背景に夕暮れを行く。樺穂あたりから見る 筑波山が魅力的であった。
樺穂 1987.3.22
筑波鉄道の軌道跡は自転車道として整備され、ここを自転車で走るとこんな筑波車窓風景は至るところで見れるでしょう。特に筑波北方の樺穂や紫尾あたりを真壁のひな祭りシーズンに走ってみたいものです。今やこの辺りの駅建屋の面影は何も残っていないでしょう。

 樺穂(かばほ)駅 大ギセルで有名な加波山タバコ神社。筑波連峰の加波山への登山口。

ローカルカラー満点であった筑波鉄道の各駅

 樺穂駅