案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年9月13日火曜日

美しき日本の風情3

茨城交通湊線 阿字ヶ浦 1972年夏
干しいも畑とステンレス気動車ケハ601に唯一魅力があった当時の湊線.


何も説明がいらない感動の一場面.
茨城交通水浜線 大串 1966年5月 撮影: 田辺多知夫氏

青蛙さんのこの1枚を初めて見た時は衝撃的であった.
茨城交通水浜線 大貫停車場 1966年5月 撮影:青蛙さん

4 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

まさに言葉なんていらないです、素晴らしい。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
ありがとうございます。
電車の先頭で窓を開けて歓喜している元気な子供たち。
こんな電車に乗ることが子供たちにとってどれだけ嬉しかったことか。

置き猫 さんのコメント...

阿字ヶ浦駅は今でもあんまり変わっていませんね。ひたち海浜公園への延伸が決まっていますので、おそらくこれから変わっていく光景なのでしょう。

katsu さんのコメント...

置き猫さん
阿字ヶ浦駅は確かにそれほど変わっていませんね。
あの写真を撮ったのが昭和47年、あれから45年も過ぎました。
湊線も活発になってきたようですね。
もう一度あの踏切で撮ってみたいものです。