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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年8月17日水曜日

下津井電鉄 1枚の写真から 1

先日、Facebookで1枚の写真 下津井電鉄クハ9を投稿したところ、単端式ガソリンカーまでいろいろ話題が拡大しました。しかし車両経歴などの話題はフロー型のFacebookには向かず、ストック型のブログで取り上げてみます。

 下津井電鉄クハ9  茶屋町 1963.07.19 撮影:田辺多知夫氏
専ら朝夕の増結用で、使用頻度は比較的少ない(私鉄車両めぐり下津井電鉄より)

この下津井電鉄クハ9の元は、2両の単端式ガソリンカーの車体・台枠を背中合わせに接合してできた話はよく知られている。調べてみると下津井電鉄にいた単端同型3両(カハ1~3)のうち1両(カハ2)は井笠鉄道へ譲渡されたそうだ。

下津井のクハ9の元になったのはこんな単端だった。 井笠鉄道ハ17  1962.07.30 
この時代は単端2両でできた電車と、元単端1両が山陽路に生きていた。

1962年夏のくじ場には様々な単端や単端崩れがいて、下津井電鉄カハ2が井笠に来て客車化されたハ18がいた。写真は同型のハ17である。エンジン、ボンネット、リヤバスケットが外されて客車化されたが単端ガソリンカーの面影が十分残されている。
下津井電鉄の自社工場でこんな単端2両をつなぎ合わせてクハ9が製作された。単端2両では長さが足りなかったのか客室窓2個分が延長されている。

井笠鉄道 夏のくじ場の単端群  1962.07.30

コッペル1号機の向こうにいたハ18

参考:鉄道ピクトリアル「私鉄車両めぐり」第1分冊、第6分冊
狭軌鉄道Ⅰ下津井電鉄車両竣功図

4 件のコメント:

ED4012 さんのコメント...

こんにちは。単端を背中合わせにつないでしまうなどという技は、地方私鉄ならではですね。
クハ9の経歴は湯口さんの本で読んだことがありますが、細い前端部(単端の名残ですから当然ですが)や特大のヘッドライトなど、改めて見るとその珍妙さに驚かされます。
こんな珍奇なものを自社で作ってしまうところは、越後交通の長岡工場に通じるものがありますね。

katsu さんのコメント...

ED4012さん
こんにちは。
全く同感です! あの特大のヘッドライトが珍妙で実に魅力的ですね。
下津井の工場にあったありあわせのヘッドライトでも使ったのでしょう。

越後交通栃尾線の長岡工場ならこんな改造はお手のものですね。
あそこは信じがたい驚きの車両ばかりでした。
もしこういう車両が保存されて会いに行けたら夢のようです。

三等急電 さんのコメント...

下津井電鉄クハ9は単端式の軸受を流用したボギー台車を履いていたのですが、写真を見ると他の電車と同タイプのものに交換されています。
このことは、初めて知りました。
いつ、何のためか、台車交換について手持ちの資料には何の記述もありません。
同じ岡山県下の西大寺鉄道では、逆にボギー式ガソリンカー1両を分割し単端式2両に改造しました。

katsu さんのコメント...

三等急電さん
下津井電鉄クハ9は単端の台車部品を活用した台車だそうで、
私もどんな台車かと思っていましたが、写真を見ると他の電車と同様な感じですね。
栃尾線の新型電車では古典客車の軸受流用がありましたが、近代化された台車でした。
西大寺の単端式は元がボギー車のため、かなり断面サイズが大きくてバケモノ単端に見えます。