案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2014年8月31日日曜日

原宿の軽便

今日は華やかな原宿の一角で開かれた軽便模型のつどいに行ってきました。
今は発売されていない昔の模型メーカの9mmナロー他の数々が揃いました。
この時代の9mmナローは私もキットや部品をけっこう集めたものです。
2006年5月にこの原宿で「懐かしき軽便鉄道」写真展を開催し、あれから8年が過ぎ去った。

遠い昔の軽便鉄道の世界から一歩外に出ると、そこは華やかな明治神宮前交差点が.
滅多に来ることないが来るたびに街は激しく新陳代謝している。

オレンジカンパニー、ひかり模型、しなのマイクロの9mmナロー キット組立.
軽便はほんとうに美しい !

しなのマイクロの花巻電鉄 
この電車の特徴の一つ車輪径(実物864φ)が模型でもしっかり大きく見えるのが印象的.

 
箱モノ(客貨車)編成の楽しみ

日本の代表ゲージの比較  762mm  1435mm  1067mm
ナロー模型はこの比較が楽しいところ。

2014年8月28日木曜日

昭和39年 栃尾線長岡駅2

長岡の車庫・工場の線路図と建屋配置の全容は調べてなく諦めていましたが、手元の写真を寄せ集めると車庫・工場の線路図がある程度推定できそうであり、判る範囲を長岡駅線路図に書き込んでみようと思います。

栃尾線の近代化で長岡にあった車庫・工場は昭和42年11月に下長岡へ移転し大変立派な工場となった。それまではモハ212以降の新造車(東洋工機製)を除く様々な自社製造や改造はこんな工場で行われ、度肝を抜く珍奇な車両達の殆どはここで生まれたのでしょう。これらの車両はまるで尺度1/1の模型のようであった。

撮影:1964.03.22
元草軽電車200の脇に背の高い車庫があり、その先に使われない転車台がある.
転車台には珍奇なモハ210が乗っている.自社工場製でアルミ製の背が低い電車.
この電車はなんと一部クロスシートのロマンスカーとして生まれたそうで驚きの軽便電車である。

転車台の先に2線の建屋がある.左の建屋がきっと機械工場なのでしょう.

2線の建屋内では元草軽ホハ23(昭和35年入線)を改装中.
草軽時代からイコライザー式の台車を履いている客車.

右に転車台に乗ったアルミ製のモハ210が見え
転車台の脇に2本の側線があり、1本がもう1棟の建屋へ延びている.

長岡駅の上見附側 線路配置

 左手、貨車の背景に2線の車庫が見える

左手、2線の車庫の先に白ッぽい壁の車庫が見える

2014年8月20日水曜日

昭和39年 栃尾線長岡駅1

昭和39年当時の栃尾線長岡駅は軽便としては立派な駅で、構内をメモしなかったため構内線路図を描こうにもホームが何本あるのか不明だらけであった。そこで工場・車庫を除く駅の配置を推定しようとまずは訪問記と写真を並べてみました。

訪問記
昭和39年3月、5時過ぎに列車は信越本線長岡駅に到着した。ところがあいにくの天気で外は小雨がパラついていた。駅内で立ち食いゾバを食べてから細い通路をわたり栃尾線の乗り場へ向かった。人ひとり居ないうす暗いホームには悠久山行きの電車が待っていた。始発で上見附まで行くことにして切符を買った。やってきた栃尾行きは驚いたことにあのデッキ付ゲテモノ電車であった。

国鉄長岡駅から栃尾線のりばに行くこの細い通路とは? 一旦外に出て通路を通った先で切符を買っているので構内の跨線橋ではなく地下の連絡通路を通ったのでしょう。昔長岡駅に細い地下連絡通路があったのは間違いなようだ。現在は明るくて広い地下連絡通路ができているのでしょう。

撮影: 特記以外 1964.03.22
国鉄長岡駅西側. ここから東側へ抜ける細い長岡駅地下道 があった.

左手が栃尾駅1番線ホームで、そこに改札口と駅舎があった。

栃尾線長岡駅は軽便としては立派な駅で1~3番線のホームがあり、案内表示によると3番線が悠久山行き、1番線が栃尾行きとなっているがこの1番線の電車は悠久山方面を向いている。

早朝の薄暗いホームで悠久山行き電車が雨に濡れて待っていたのがこの3番線ホーム.

ホームは左から3番線、2番線、1番線となる.

国鉄側に更に2本の線路があり1番線2番線ホームと思っていた(とすると5番線まである)が
左のホームに4番線の表示があり、右のみが貨物ホームであったようだ.
後に右のホームと貨物建屋は撤去されている。(昭和45年8月 貨物廃止)

長岡駅の全体. 右に貨物線と4番線、中央に1番線2番線があり左手に工場・車庫がある。

長岡駅の悠久山側の線路配置

1番線ホームのゲテモノ電車209

4年後の長岡駅、1番線の向こうに4番線のりばの表示がはっきり見える. 1968.8.17

2014年8月17日日曜日

西武新宿線を走った臨時電車4000系

8月17日までの土日だけ西武新宿線に西武秩父行き臨時電車が走った。
前回の臨時特急「おくちちぶ」号では写真撮っても何も変わり映えしなかったが、今回は新宿線には珍しい4000系セミクロスシート車の西武秩父行(新宿線内は急行) が走った。過去に何回か走っている臨時と思われるがあまりPRされていないようだ。
昨日、初めてこれに乗って西武秩父まで、そして初めて秩父鉄道に乗って三峰口まで行ってみた。
西武4000系セミクロスシート車と秩父鉄道を楽しむ真夏の小さな旅は、この酷暑でも決行できるところが良い。

新宿線を走る今日の臨時4000系西武秩父行. 武蔵関-東伏見 2014.08.17

田無に現れた昨日の4000系.所沢までは急行と同じだが「臨時」しか表示していない.

所沢で折り返すが行先は「臨時」のままで変わらず.

「臨時」新宿~飯能間の車内はガラガラで涼しく快適.

飯能で「各停」「西武秩父」が表示され、普段の西武秩父線の各停と同じになる.
池袋線で飯能まで乗ってきた乗り継ぎ客で、ここからほぼ満席となる.

正丸峠を越えて終点西武秩父に到着.

御花畑で乗った秩父鉄道は西武秩父駅のホームを横目に見て三峰口へ向かう.
西武秩父駅と秩父鉄道御花畑駅の位置関係を初めて知った.

終点三峰口の賑わい  2014.08.16
三峰口ではガツガツ撮らないでのんびりするのがよい.帰りはこれに乗ってSL列車を楽しむ.

臨時の夕方上りは所沢から「急行」「西武新宿」が表示され一般客が結構乗っていた.

2014年8月14日木曜日

模型資料 栃尾線の客車3

「栃尾線の客車1」で紹介したアーチバー台車を履いたホハ1形などの客車を並べてみました。
後の栃尾線近代化で客車牽引が廃止され、ラッシュ時はフル動員されていたこれらの客車も間もなく全てが消滅した。

撮影: 全て1964.03.22
ホハ1形(1~8) ホハ1

ホハ1形ホハ5

ホハ1形ホハ7

 ホハ1形ホハ8

2軸客車を2両合体させたホハ10

元草軽の小型客車ホハ18.

繋がれた客車のバラバラな高さ 左からホハ27+ ホハ6+ ホハ7+ ホハ1+ ホハ18+ ホハ8 


ホハ10を牽いた電車が悠久山を発車して行く.

2014年8月12日火曜日

旧吉祥寺ユザワヤ地下1階の変身

昔、吉祥寺ユザワヤの地下1階にあった啓文堂書店(それ以前はユザワヤ模型売場)の鉄道図書コーナやユザワヤ時代の模型売り場にいらした鉄道ファンも多いことでしょう。
ユザワヤが入っていたビルは4年かけ今年4月23日「キラリナ京王吉祥寺」に生まれ変わりましたが、地下1階に昔啓文堂が入っていたスペースが見つかりません。一体どうなったのか?

「キラリナ京王吉祥寺」がオープンしてから暫くして7月31日に地下売り場が拡大して生鮮「フードパルク」がオープンし入ってみると、連絡通路の先に見覚えがあるスペースが開け、ここが昔啓文堂書店が入っていたところであった。

そして、今も昔もこのスペースはビルの地下ではなく吉祥寺大通りの真下なのであった。
ところで啓文堂はキラリナ7階に戻って来たが昔あれだけあった鉄道図書コーナは大幅削減で、今や無いに等しい。

井の頭線からエスカレータで下った駅ビル「キラリナ京王」の2階. 2014年8月 
駅を降り直ぐのところにB1F Foodparc と表示された入口があり地下1階へ行ける.

昔、ユザワヤの地下1階で巨大な模型売り場を見たり、その後の啓文堂で鉄道図書を見たり
よく来た地下1階は生鮮「フードパルク」に変身した。

昔、啓文堂はこの辺りにレジがあり左手に鉄道図書コーナがあった.
奥へ連絡通路を進むと広い売り場が開ける.

2014年8月9日土曜日

模型資料 栃尾線の客車2

小坂から来た客車
昭和38年に同和鉱業小坂鉄道から来た客車ハ2、5~8の5両は、翌年3月に小坂の車番のまま栃尾線の加津保駅や長岡車庫に留置されていた。このアメリカンタイプの客車は軽便としては珍しく、大きさ(車体幅、全高) は栃尾線のダブルルーフ客車と同程度なのに、かなり大きく見えたのは腰高のせいだろうか。
5両は一度も使われることなく台車の部品流用で終わってしまったようだ。


加津保駅の小坂から来た客車     1964.03.22

加津保駅に3両留置されていた小坂から来た客車

アメリカンタイプの元小坂の客車ハ7

ダブルルーフの造り

長岡工場に2両留置されていた小坂から来た客車


軽便には珍しい台車. 軸距1230 車輪径560φ(実測)
これと対称的な腰の低いカマボコ客車ホハ20の腰高さは520 しかない。
地を這うような客車から腰高の客車まで、模型化で軽便らしさを出すには
いかに千差万別の腰高さを正確に捉えるかにかかっている。


ホハ23(元江ノ電) を改装したクハ111の台車に化けた小坂の台車. 1975.03.08


ホハ23(元江ノ電) → その後クハ111へ改装  1964.03.22


クハ111   1975.03.08