案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2014年11月2日日曜日

オリンパスペンSで撮ったお気に入り 1

私がオリンパスペンSを使い始めたのは昭和38年春で、昭和42年春には撮ったネガが終わっていて、ペンが使われたのはたった4年間だけであった。この4年間は東京オリンピック開催(昭和39年)を挟んで昭和30年代の雰囲気をまだ色濃く残していた時代であった。すでにアップ済みですが私のお気に入りを何枚かアップしてみます。

東急多摩川線 玉電瀬田  1965.7.27
この時代のこの駅前を舞台にした小説「夜間急行」が昨年末に出版された.

江ノ電 腰越 1963.4.28
子供時代が思い出される遊びの時間.この男の子の刈あげ頭が子供らしい.

奥山線 祝田  1964.3.23
埃まみれ未舗装路を遠鉄バスが並行して走っていた.


奥山線 奥山駅の見送り  1963.4.4
桜満開の奥山駅はこの数日後の桜散る頃に廃線で消滅した.

8 件のコメント:

タクヤ さんのコメント...

玉電の写真は246号の瀬田交差点付近でしょうか。
私が生まれる前はこのような情景だったのですね。今の瀬田からは全く想像できないですね。
玉電は高津(現在は宮崎台)の電車とバスの博物館で保存されている車両に
何回も乗りましたが、現役時代を私は知りません。
貴重な写真ですね。

katsu さんのコメント...

タクヤさん
この写真の交差点は今の246号の瀬田交差点です。
現在の光景はあまりにも変わり果て、昔を残すものは何もないでしょう。
このタルゴ電車は当時あまり好まない新型であったため私は35mmカメラで撮らなかったと思います。
こんな無視した新型電車は数多くありますが、年数経つとどんな電車でも貴重に思えてきます。
奥山線祝田駅の先に線路を歩く一行にmarimoさんが写っています。

Cedar さんのコメント...

家並み、クルマ、人々の服装や髪型、どれも時代の証言者です。こういう写真は見るたびに発見があります。
いま、同じような視点で写真を撮ると同じような価値を持てるんでしょうか?

伊豆之国 さんのコメント...

「玉電」瀬田駅のあった辺りは、目の前にあった、西洋のお城のような2本の塔が立っているお菓子屋さん(?)や、そのお隣の「大七証券」、雑木林の脇を通って急坂を降りて行く玉電の線路と246号が分かれる角にあった交番、その隣の材木店といったところの記憶が今も残っていますが、ここ20年ほどはこの辺りの地上風景を見たことが無く、最近の写真を見てももはや目印になるものが何も見当たらず、それが本当に同じ場所なのか、さっぱりわからなくなっています。
江ノ電が腰越駅の手前で道路から専用軌道に入る辺りは、周りの建物も走っている電車もすっかり入れ変わっているものの、雰囲気は余り変わっていないようにも思えます。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
今、同じような視点で撮ると50年後の価値はどうなるんでしょうか?
私もそのことをよく思います。
もっとも私たちの年代では50年後に写真を見ることは不可能ですが。
いったいどう感じるのでしょうか。

これからの50年は、これまでの50年の世の中の変化のように
変化するのか、しないのか全くわかりません。
年数積み上げてみて初めてわかることですね。
これからの50年を見れる今20才代以下の若い人たちが
今の鉄写真を50年後にどんな想いで見るのでしょうか。

katsu さんのコメント...

伊豆乃国さん
江ノ電腰越に比べ、246号による玉電沿線の激変は東京ならではでしょうか。
私はわざわざ地方へ撮りに行く前に足元東京を十分撮っておくべきでした。
特に渋谷駅や玉電沿線はよい題材で
もし真剣に撮っていたら今になってあっと驚く鉄道風景だらけでしょう。

タクヤ さんのコメント...

新型を好まない。というのは父も同様でした。
こんなエピソードがあります。
父も私も息子も横浜線の大ファンです。
息子は横浜線の運転手になって私を会社まで連れていってくれるそうです。
しかしそれぞれ車両の好みは違います。
父は73系、103系の一つ目仕様が好きでした。
私は103系の二つ目仕様、最近引退した205系が好きです。
息子はE233系がカッコいいとの事

やはり自分の青春時代のノスタルジーに惹かれるのかな。って思います

katsu さんのコメント...

タクヤさん
親子三代で横浜線のファンで好みの電車がそれぞれ違うとは
ほほえましいエピソードですね。
父上の青春時代に横浜線を走った車両には格別のものがあったと思います。

関心がないジャンルをつい非難してしまう私達に
父上は車両やジャンルの好みは人それぞれなんだよ、と良く言っていました。
私と違って幅広く鉄道に関心を寄せていたmarimoさんは本当に鉄道が好きだったのですね。