案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2014年10月3日金曜日

栃尾線 長岡駅構内配線図

8月に「栃尾線 長岡駅1」と「栃尾線 長岡駅2」をアップしましたが、この目的は写真から長岡駅の配線図を作ることでした。この時の写真と書籍やネットにある写真、航空写真など付け合わせて以下の手順で進めてみました。工場と思われる大きな建屋があるところは写真が無く不明で、判り次第追加していく予定です。

手順
1.まずは昭和39年以前の長岡駅の各種写真を元にして国鉄様式の「配線略図」を描く。
2.これを元に、分岐線の角度、線路のカーブ、線路の間隔、線路の長さ、
  そして建屋の大きさとカタチ、建屋の配置、ホームの長さなどを概略置いてみる。
3.上記に写真から割り出した補正を繰り返して「構内配線図」に仕上げて行く。

図は実測から割り出した寸法ではなくノットスケールです。
実際は左右長さがもっと長いでしょうが、模型で長岡駅を再現するとなるとこんなイメージの「構内配線図」になるのではないでしょうか。

国鉄で使われる直線で描く配線図の正式名称は○○駅「配線略図」だそうです。
国鉄様式以外の趣味界では図の様式と名称に特に決まりはないようで、
今回の図では機芸出版社の呼び方○○駅「構内配線図」としました。
この図の用語いろいろあって、いつも迷うところでした。

 訂正前 図をクリックすると原図の大きさになります.

以下は長岡駅・車庫の主な写真
↑上見附側から見た駅と車庫の全景
↑4番線ホームと貨物ホーム
↑悠久山行き2、3番線ホーム
↑メインの1番線ホーム
↑使われていないターンテーブルがある一角
↑ターンテーブルの先にある2線車庫
↑2線車庫をこちら側に出たところが謎の一角
↑悠久山方面の分岐線
↑奥の留置線の先に見える謎の建屋(車庫・工場)

3 件のコメント:

宵闇 さんのコメント...

詳しい配線図ありがとうございます。

悠久山方面が廃止になった後は、線路は長岡駅のどの辺りで途切れていたのですか?

katsu さんのコメント...

宵闇さん
廃線間際に長岡駅を訪れた時は車両の写真に専念してしまい、
廃止になっていた悠久山方面の線路は確認できませんでした。
長岡駅からほぼ直角に急カーブして悠久山へ向かところが
いかにも軽便らしい線路でした。

katsu さんのコメント...

宵闇さん
悠久山~長岡間が部分廃線された後の長岡駅写真や航空写真を調べてみました。
本記事の下から二番目の写真で
左へカーブして悠久山へ向かう線路はその先の踏切で途絶えたようです。
今のJR長岡駅東口は当時の面影は全くないですが、
踏切の先に延びていた線路の緩いカーブは今も道路に残っているようです。